投稿

10月, 2013の投稿を表示しています

【1000文字小説】カメラを買いに行く

イメージ
悟郎はカメラを買いに近所の家電量販店を訪れた。これまではケータイのカメラを使っていたが、段々と物足りなくなってきたのだ。物色していると店員が寄って来た。 「自動車をお求めですか」 「カメラな。ここカメラ売り場だろ」 「し、失礼しました。そうですよね、カメラですよね。で、トヨタがいいですか。それともホンダ…」 「トヨタはカメラ出してないだろ。ホンダもな」 「し、失礼しました」 「このカメラはいかがでしょう。ベンツも交換出来ます」 「ベンツじゃなくてレンズな。どんだけ車売りたいんだよ」 「も、申し訳ありません。お詫びに、すばらしいカメラをご紹介させて頂きます。世界でこの機種しかありません」 「おお、すごいな。どんなやつ?」 「これです」 「なんだ、普通だな。どこがすばらしいの」 「これ、心霊写真が撮れるんです。パシャッて撮ると、ほら、ディスプレイをご覧下さい。お客さんの後ろにホラ、写ってますよ」 「写ってるって、全然すばらしくないよ。怖いよ。そんなの撮るなよ」 「では、こんなのはいかがでしょう」 「マシンガンみたいなカメラだな」 「これは心霊写真どころじゃありません。人の命を吸収できるのです」 「人の命を吸収? どういうことだよ」 「あそこを歩いている人を見て下さい。パシャッ」 「あ、倒れた」 「あの方の生命がこのカメラに吸い込まれたのです」 「ワイルド星人か。いらないよ。そんな怖いもの。どこのメーカーが作ってるんだよ。あの人はどうなるんだよ」 「これはどうですか。パノラマ写真が撮れます」 「あの人はそのままか」 「あ、失礼しました。パノラマ写真ではなくてパノラマ視写真です」 「パノラマ視って、あれか。死ぬ前に人は自分の人生を走馬灯のように見るという…」 「はい、よくご存知で」 「おいおい、いらないよ。死ぬ瞬間のカメラなんて」 「では、これなんかはいかがです。どうぞ手に取ってご覧下さい」 「これか? おっと、随分重いな。鉄アレイ持ってるみたいだな」 「腕の筋肉が鍛えられるカメラです」 「ちょっと重すぎるな。って別に鍛えなくたっていいよ」 「動画を撮っている時なんて、手がプルプルしてきますよ」 「ブレまくるだろうな」 「ち

【1000文字小説】自転車を買いに行く

イメージ
悟郎は自転車を買いに行った。スポーツの秋で体を動かしたい。それで、以前盗まれてから乗っていなかった自転車にまた乗りたいと思ったのだ。 「なあ、この自転車、随分安いな。480円か」 「コストを抑える為に、紙で出来てます」 「紙で? 乗って大丈夫なの」 「紙ですから、勿論乗れません」 「乗れないって、じゃあこれで何するの」 「飾っておいて下さい」 「飾っておくだけ? こんなの買う人いるのか」 「自転車に乗れない人が買っていかれますね」 「それじゃ、いつまでたっても乗れないだろうな」 「これはどうですか。パンクしない自転車です」 「ああ、タイヤが特殊なやつね。って、タイヤがついてねえ」 「絶対パンクしません」 「確かにパンクしないだろうな」 「どうですか」 「どうですかって、いらないよ。タイヤなけりゃ走らねーだろ」 「パンクしなくていいんですけどね」 「じゃあお前この自転車乗ってみろよ」 「こっちはどうです」 「タイヤなし自転車はもう勧めないのか」 「こ・っ・ち・は・ど・う・で・す・か」 「なにキレてんだよ」 「こ・っ・ち・を・見・て・く・だ・さ・い」 「見てやるよ。あれ、変速ついてないの。俺の近所坂道が多いからさ。変速欲しいよ」 「残念ながら変速はついてないんですよ。その代わり、豚足がついてます」 「豚足? 豚の足って書く豚足?」 「はい、豚の足って書く豚足です」 「いらないよ。豚足なんて。なんで豚足なんだ。変速が欲しいんだよ」 「コラーゲンたっぷりです」 「いいよ」 「お肌ツルツルになります」 「ツルツルになんなくたっていいよ。豚足なんて食べたらそれっきりだろ。変速付きが欲しいんだよ」 「坂道を走る事が多いんですね。じゃあ、これはどうですか。アシスト機能付きです」 「ああ今流行のね。あれ、バッテリとかついてないんだ。何か普通の自転車みたいだな」 「アシストが欲しいときはですね。ここに電話して下さい。私がかけつけます」 「なに、お前が来るの?」 「私が後ろを押させて頂ます」 「いちいちお前を呼ばなきゃなんないの」 「はい」 「面倒くせえ。お前が来るまで坂道上り終えちゃうよ。下り坂をアシストするのかよ」

【1000文字小説】洗濯機を買いに行く

イメージ
悟郎は洗濯機を買いに電気店へ行った。物色していると店員が寄って来た。どこか見覚えのある店員だった。 「洗濯機をお求めですか」 「ああ、今使ってるやつ、調子悪くなって来てね」 「そうでしたか。ではこれなんかいかがでしょう」 「大きいな」 「人も一緒に洗えます」 「人も一緒に?」 「はい。仕事帰りに泥だらけで帰ってきますよね」 「泥だらけでなんて帰ってこないけどな」 「そんな時はお風呂に入る代わりに、服を着たままこの洗濯機に入るんです」 「風呂代わり?」 「人も着ているものも奇麗になります」 「そりゃすごい、って目が回るだろ」 「それは我慢ですね」 「いらないよ。ちょっと大きすぎるし」 「ではこれはいかかでしょう。コンパクトですよ」 「今度はえらく小さいな。ポットかと思ったよ」 「いえ、ポットとは思えません」 「いいだろ、そう思ったんだから」 「これは場所を取りません。テーブルの上にも置けますよ」 「洗える量が少ないだろ」 「パンツ1枚なら洗えます」 「だろうな。この大きさならな」 「ハンカチなら2枚洗えますよ」 「いらないよ。なんでパンツ1枚1枚洗わなきゃならないんだよ。一気に洗いたいよ」 「場所取らなくていいんですけどね」 「じゃあお前使えよ」 「私は使いません。パンツはいてないんで、洗いません」 「パンツぐらいはけよ」 「ではこれはどうですか。この洗濯機。リモコンを使います。ポチッと」 「お、洗濯機が変形した。すげぇ、人型になった。トランスフォーマーみたいだな」 「どうですか。最新型です」 「かっこいいな。颯爽と歩いてるよ。…あれ、どっかからタライと洗濯板持って来た。洗濯始めた」 「カッコいいでしょう。これで180万円です」 「高いよ。車1台買えちゃうじゃないか。それにあいつ、結局手洗いしてるじゃないか。変形しないで洗濯機のままで洗濯しろよ」 「これはどうでしょう。食器洗い機と一緒になっているタイプです」 「へえー、食器も洗えるの。便利だね」 「食器の方は1回洗う毎に買い替えてもらう事になりますがね」 「1回毎に全部割れちゃんだ。だめじゃん」 「食器はいつも新品のようにピッカピカに…」 「新品

【1000文字小説】ハンバーガーを買いに行く

イメージ
よく晴れた月曜日の午後、悟郎はハンバーガーショップを訪れた。近所にある全国チェーン店だ。昼時を過ぎたので、それほどの混雑はない。 「いらっしゃいませ」 「ええとね」 「ご一緒にポテトはいかがですか」 「ご一緒にって、まだなんにも頼んでねーよ」 「あ、失礼しました。ご一緒にコーラはいかがでしょうか」 「だから、まだ何も頼んでねーよ」 「あ、失礼しました。ご一緒に…」 「フイッシュバーガーセットね」 「ご一緒にフィッシュバーガーセットですね」 「ご一緒じゃないけどな」 「フィッシュバーガーの方はお作りしますので…」 「ああ、待ち時間があるのね。いいよ、いいよ。待ってるよ」 「ありがとうございます。これからお作りしますので、3ヶ月程お待ち下さい」 「おい、3ヶ月って、これから魚釣ってくるのかよ。そんなに待てないよ」 「こちらのビーフバーガーセットなら…」 「おお、すぐに出来るの?」 「2年程でお出し出来ます」 「2年て、長くなってるだろ」 「お待ち頂けますか」 「待つわけないだろ。4、5分で出来るやつはないのか。年じゃなくってな。俺腹へってんだよ」 「失礼しました。スーパービーフハンバーガーセットならすぐにお出しできます」 「じゃあ、それくれ」 「ありがとうございます。セットのお飲物は何になさいますか」 「ええと、何があるの」 「コーラとコーラにコーラかコーラです」 「コーラしかないのかい。だったら最初から聞くなよ」 「コーラ参ったな」 「つまんないから」 「失礼しました。ご一緒にこちらはいかがですか」 「そうだよ。ご一緒にっていうのはこのタイミングで言うんだよ」 「今ならガソリン満タンです」 「って、何で一緒に車売ってんだよ。ここハンバーガー屋だろう。いらないよ。車ならこの間買ったばかりだよ」 「失礼しました。またお願いします」 「またお願いされても買わないよ。じゃあ会計してくれ」 「ハイ、お会計は525円になります」 「じゃあ、これ、10,000円で」 「お返しが9,475円になりますね。ご確認下さい」 「ちょうどあるよ」 「店長、10,000円はいります」 「お前、10,000円入りますって

【1000文字小説】アパートを借りに行く

イメージ
悟郎はアパートを借りる為に近所の不動産屋を訪れた。 「アパートを借りたいんだけど…」 「はい、どんな物件をお探しですか」 「うんとねぇ、地下鉄の駅から五分以内で近所に大きなスーパーがあって、バストイレ付き、二部屋あるといいね」 「はい、じゃあその条件で検索してみますね」店員はパソコンを使って物件を検索する。「これなんかいいですよ。条件にピッタリです。山の中の一軒家でとても静かです」 「お前、俺の話まったく聞いてないな」 「家賃は500円です」 「随分安いな。借りないけどね」 「駐車場が20万円です」 「だから借りないけどな」 「これはどうです」 「今度は駅から5分だろうな」 「ていうか駅の中です」 「駅の中?」 「駅のホームの端っこにあります」 「おお、それならすぐ電車に乗れる。って、おい! ホームなんかに住めるかよ」 「今なら103号室が空いてます」 「103って、他にも部屋があるのか。で、借りてるやつがいる」 「ホームレスには絶対なりませんよ」 「うまいこと言ってるわけじゃないからな。違うやつはないのか」 「これなんかどうです」 「今度は大丈夫だろうな」 「駅から5分、バストイレ」 「部屋数は」 「バストイレ」 「いや、だから部屋数はって聞いてんだよ」 「バストイレだけです」 「バストイレだけ? 他の部屋は」 「他の部屋はありません」 「他の部屋はありませんって、バストイレだけでどうやって生活すんだよ」 「他にアパートを借りてもらえれば…」 「面倒くせえ。ちゃんとした物件はないのかよ」 「あ、ありました。ありました。これなんかいかがでしょう」 「ん、今度は大丈夫だろうな」 パソコンの画面にはなぜか龍角散のホームページが映し出されている。 「何これ?」 「5分ときたら龍角散」 「それ、5分じゃなくてゴホンな」 「ああ、いいのがありました、ありました。今度は気に入ってもらえると思います」 「龍角散はどうしたんだよ。…どれどれ、ふぅーん、バストイレ付き、食事まで付いている…ってこれ刑務所じゃないか」 「ピッタリだと思いますけど」 「おい、何で刑務所入んなきゃいけないんだよ。すぐ出て来れな

【1000文字小説】車を買いに行く

イメージ
悟郎は中古車販売店を訪れた。運転免許を取得したので車を買おうと思い立ったのだ。寄って来た店員に声をかけた。 「車が欲しいんだけど」 「はい。これなんかどうでしょう」 店員が勧めてきたのは随分と小さめな車だった。 「燃費がいいですよ」 「リッターどれくらい?」 「ガソリンは使いません」 「え? 電気自動車?」 「いえいえ、電気も使いません」 「じゃあ、原子力」 「いえいえ。自力です」 「自力?」 「漕いでもらいます」 店員は車に乗り込んで実演してみせた。アクセルとブレーキの代わりのペダルを踏むと車がゆっくりと動き出した。が、悟郎は不満に思う。 「子供のおもちゃじゃないんだからさ。ちゃんとしたの見せてよ」 「これ、いいんですけどね、クリーンだし」うっすらと汗を流しながら店員が言う。 「長距離無理だろ、これ」 「これはおススメですよ」 「これ? へえー、中々いいじゃない」 「乗ってみますか?」 悟郎は乗り込んだ。が、助手席に奇妙なものを見つける。 「何で助手席にもハンドルがあるの?」 「ああ、これは二人で運転出来るんですよ」 「二人で運転って、自衛隊の教習車か。助手席の人間は運転しなくたっていいじゃない」 「助手席の人も、ただ座ってるだけでは退屈だろうから…」 「いいんだよ。ただ座ってるだけで。左と右に別々にハンドル切ったらどうなるんだよ」 「後部席にもついてるタイプもありますよ」 「いいよ。ハンドルは一つで。他の車見せてよ」 「これはどうでしょう」 「ああ、今度はまともじゃないの」 「乗ってみますか?」 「うん。…あれ、このハンドルの真ん中の大きなボタンは何?」 「あ、それは押さないで下さい」 「何で?」 「それは脱出ボタンです」 「脱出?」 「映画とかでよくあるじゃないですか。押すとボーンと天井が開いて席ごと飛び出すんです」 「え、何でそんなのついてんの。間違って押しちゃうかもしれないじゃない。怖いよ。いらないよ」 「万が一を考えてです。使うかもしれませんよ」 「使うって、どういう時使うんだよ」 「例えば、信号待ちの時とか」 「赤信号で止まってる時使ってどうすんだよ。青になっても進めないだろ

【1000文字小説】甘いピーマン

イメージ
入社して五年になる石塚は、課長の宮本と共に社員食堂に入った。十人ほどの行列の最後に並んだ。宮本が野菜炒め定食を頼んだのを見て石塚も同じものを頼んだ。定食がのったトレーを持って、向かい合って椅子に座った。 食べ始めてからしばらくして、「君はピーマンを食べないのか」と宮本が石塚に聞いた。石塚は野菜炒めに入ったピーマンを、いちいち脇に小さな破片まで丁寧にどけて食べていたのだ。 「ええ、ちょっと苦手なんです」 石塚は苦笑いし、ばつの悪そうな表情をしながら答えた。 「子供の頃から食べれなくて」 「ふうん、ちょっと意外だ」 宮本は、これまで一緒に食事をしたが、これといって好き嫌いがなさそうだった石塚を不思議そうな表情で見つめた。 「子供の頃、ピーマン嫌いの私に業を煮やしたのか、おふくろがピーマン男の話をしてくれたんです」 「ピーマン男?」 「ええ、ピーマンを残すとピーマン男がやって来る。ピーマンを残すような奴は俺が許しちゃおけない、俺がお前を食ってやるって言いながらやって来るなんて言うんです」 「へえ、そりゃ大変」 「ていうかちょっと滑稽ですよねえ、ピーマン男なんて」 「結局ピーマンは食べれるようにはならなかった…」 「ええ、どうにも苦手で。ピーマンを出すたびにピーマン男、ピーマン男というもんですから、何度か夢にまで出てきましたよ」 夢はこんなだった。 母の野菜炒めの中に入っていたピーマンを残すと、「ピーマンを残したな」とピーマン男が現れた。プロレスラーのようながっしりとした体躯の上にピーマンの頭が乗っている。ピーマンはバスケットボール程度の大きさで目鼻がついている。その目は恐ろしくつりあがっていた。両手にピーマンを持ち、石塚の口にピーマンをねじり込んだ。 「あがが」 石塚は口をピーマンで一杯にして声にならない声を上げた。石塚の母はその様子を楽しそうに眺めている。 ピーマン男は右手を石塚の頭頂に、左手を下顎に置いて、強制的に咀嚼させた。 そんな夢を何度も見た。拷問のような出来事だったが、嬉しい事に夢の中のピーマンはいつもチョコレートの味がした。 その後出されたピーマンを、チョコレートの味がするかもとかすかな期待を込めて口にするが無論そんな事もなく、結局ピーマンを食べられるようにはならなかった。

【1000文字小説】白い表紙の本

イメージ
由起夫は地下鉄の自動改札を抜けた。ちょうど入って来た車両に乗り込む。車内はかなり混んでいたがそれはいつものことだ。由起夫は吊革につかまり目を閉じた。揺れる車両に身を任せる。といってもそれほど揺れはしない。 十分ほどで終点の駅に着いた。由起夫は目を開け他の乗客と共に地下鉄を降りた。ほとんどの乗客が使うエレベーターを使わずに階段を上る。自動改札を抜け駅を出た。バス停に並んでいる人々の脇を抜け、帰路に着いた。 てくてくと歩く。前を歩いていた自分と同じようなスーツを来たサラリーマンを追い越す。その前を歩いていた若い女性をさらに追い越す。五分ほど歩いたところにあるローソンに寄った。斜め向かいにはファミリーマートがある。由起夫は毎日交互に利用していた。今日はローソンの日だ。 由起夫はエビフライ弁当とヨーグルトを買った。由起夫のアパートには電子レンジがあるが、電気代がもったいない気がして弁当はいつも温めてもらう。ローソンを出て三分歩くと由起夫が住んでいるアパートがある。築十五年だが結構奇麗なアパートだ。地下鉄の駅から近いがその割に家賃が安いので借りることにしたアパートだった。 由起夫はポケットから鍵を取り出した。キーホルダーも何もついていない。本当に鍵だけだった。キーホルダーなんかはチャラチャラしていて何となく嫌な感じがして使っていないのだった。鍵だけポケットに入れていても別段落とすわけでもないのでここ数年間ずっと鍵だけだ。 玄関の鍵を開け由起夫は中に入った。由起夫はスーツからTシャツとパンツ一枚になった。靴下を洗濯機に入れ、ふろ場で足を洗った。足の臭いが気になって仕方がない。 由起夫はふと机の上に置かれた本に目をやった。見た事のない本だった。朝にこの部屋を出る時にはなかった本だった。 由起夫はその本を手に取った。タイトルは何も書かれていない。白い表紙の本だった。誰が置いたのだと訝しく思う。由起夫は恐くなった。 俺の他に、一体誰がこの本を机の上に置けるのだ? 由起夫が三年間住んでいるこのアパートに来た事のある人間は新聞配達やNHKの集金人を除けばほとんどいない。ましてや部屋に上がった人間は一人もいなかった。親が来た事もないし、合鍵を持っている恋人もいない。では一体誰がどうやってこの本を持って来たのだろう。 由起夫は本を見つめた。何が

【1000文字小説】少女が…

少女がいた。 少女が一人でいた。 少女が一人で歩いていた。 少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 十五歳の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 十五歳ぐらいの少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 十五歳ぐらいの長い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 十五歳ぐらいの長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 晴れた日に十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 良く晴れた日に十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 九月の良く晴れた日に十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 九月の良く晴れた木曜日に十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 昨日の台風を感じさせない九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていた。 昨日の台風を感じさせない九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていたのを見た。 昨日の台風を感じさせない九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていたのを見ていた。 昨日の台風を感じさせない九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていたのを僕は見ていた。 昨日の台風を感じさせない九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていたのを僕は一人で見ていた。 昨日の台風を感じさせない九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていたのを僕は一人で見ていた夢を見た。 昨日の台風を感じさせない九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていたのを僕は一人で見ていた夢を見たような気がする。 昨日の台風を感じさせない九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒い髪の少女が一人でとぼとぼ歩いていたのを僕は一人で見ていた夢を見たような気がする、と書かれていた。 昨日の台風を感じさせない九月の良く晴れた木曜日に、十五歳ぐらいの長い長い黒

【1000文字小説】私はネコを殺そうとして

イメージ
 一匹の猫を殺そうと考えている。猫の名はミイ。愛する妻が拾ってきた真っ白い雄の猫である。  妻はミイを猫可愛がりしているが、私はといえばこの猫が大嫌いで、どの位嫌いかというと、そりゃあんた、殺そうと考えているくらいに大嫌いで、動機を簡単に述べさせてもらいますと、ミイを飼いだしたその日から、妻の愛情は私に全く向かう事がなくなり、ミイだけに集中、凝縮。私はないがしろにされ、今やここでもリストラされるのを待つ寂しい身の上。いくら私が失業中だとはいえ、妻を愛しているという点では新参の猫になど負けないのであり、であるから、私はミイを死に至らしめ、再び妻の愛情を一身に取り戻そうと考えているのである。  でもって。事は慎重に運ばなければならぬ。私は計画を練った。ミイを叩き殺したり毒殺したりしてからどこかにこっそりと捨てに行く、というのはいくら相手が畜生でも寝覚めが悪い。さて、どうしたものか。その時私はふとひらめいた。小学生の時分、私は金魚を飼っていた。といっても一日だけの事である。何となれば、一日で死んでしまったからである。私は金魚に張り切って餌を与えた。金魚は与えると与えた分だけ残さず食べた。見ていて気持ちが良かった。それで私はどんどん与えた。どんどん食べた。翌日金魚は腹を上にしてぷかぷかと浮いていた…。それを応用するのである。ミイに食事をどんどん与えて殺す事にしたのである。ミイはきっと満足しながら死んでいくに違いない。  実行の朝。妻が出勤し、残った私は妻が買い置きしている市販のキャットフードをミイに与えた。妻はいつもこの缶の中身全部を与えることはなく、その内の半分程をミイに与えているのであるが、私はミイを死に至らしめるべく十缶程与えた。よしよし、たんとお食べ。私が目を細めて見守る中、ミイは私の陰謀に気付いたのであろうか、全部を食べることはなく席を立つ。全部を食べられないほど不味いのであろうか。  そこで私は一缶千円もするキャットフードを十缶購入、翌日ミイに与えた。しかし、昨日同様全部は食べないのである。どうしたことだ。私は焦った。鶏のささみを一キロ、まぐろの刺し身を一キロ買ってきて与えてみたが、やはり残すのであった。  それからの私はミイに気に入って貰えるような食事を作る事に全精力を注入。全て食べ尽す料理を作り上げるその日まで、私の戦いは終わらな

【1000文字小説】なくした鍵を持っている

イメージ
「探してるのはこれでしょ」 なくしてしまった家の鍵を探す為、足元に目を落としながら歩いていた健太は、その声で顔を上げた。目の前には健太と同じ年頃の女の子がいた。そのそばかすだらけの子が手に鍵を持っていた。 「これ、あんたんちの鍵よ」 「え?」 「これからよろしくね」 家の鍵だろうか。どうしてこの子が持っているんだろう? 落としたのを拾ってくれたのだろうか。 「よろしくって、その鍵、一体どこで…」 その質問を最後まで聞かず、女の子はすたすたと歩きはじめた。健太は慌てて後を追いかけた。健太が歩いてきた道を、すなわち健太の家まで歩いて行った。 「ねえ、その鍵拾ったの?」 「僕んちを知ってるの?」 女の子は健太のそうした質問に一切答えなかった。まったく聞こえないという感じで無視していた。背の高さも足の長さも同じぐらいだったが、女の子の歩く速度が速いので健太は小走りになって追いかけた。 「さあ、着いた」 健太の家に着くと女の子は晴れ晴れとした声で言った。 女の子は鍵を健太に渡さず、自分で鍵を鍵穴に差し込んだ。ドアは難なく開いた。ドアが開くと女の子は、「ただいまー」と言って健太に先立って敷居を跨いだ。それから靴を脱ぐと当然のように家の中に入って行った。 「あ、あの、ちょっと」 鍵を拾ってくれた恩人だが、勝手に家に上がりこむなんて非常識だ。鍵を持っているから、家に上がるのは当然と考えているのか。 「何やってんのよ。さあ、上がってよ」 女の子が住み慣れたこの家の住人のように言った。健太が靴を脱いで家に上がったとき、女の子は健太に向かって唐突な質問をした。 「あなた、妹が欲しい? それともお姉さん?」 「妹? お姉さん?」 「あたし、あなたの妹かお姉さんになってあげる」 「え? どういうこと?」 「だからぁ、あたしがあなたの妹か姉さんになるのよ。さあ、どっちがいい?」 女の子は両手を腰にあて、迫るように健太の方に顔を突き出した。 どう答えたらいいのか健太が思案していたとき、電話が鳴った。健太は母からだろうと思う。女の子は電話の音に頓着せず健太に、「さあ、どっちにする?」と迫った。 「お、お母さん…」 健太は、電話に助けを求めるように声を出した。 「お母さん? お母さんだっ

【1000文字小説】逃げてしまった小鳥を探す

イメージ
「ぴーちゃん、出てきな」 征也は金属製の鳥かごの入り口を開けた。セキセイインコのぴーちゃんはすぐに鳥かごから出てきて、征也の肩に乗った。茶の間に行くと征也の肩から羽ばたいて茶だんすの上へと移った。 ぴーちゃんを茶の間においてきた征也は、からっぽになった鳥かごの下側をはずし、敷いていたフンで汚れた新聞紙を捨て、玄関の横にある水道を使って洗った。二本の止まり木も洗った。ムキエサを補充し水を替えた。学校帰りにとってきたハコベを束ねてカゴにくくりつけた。 茶の間に戻った征也は、ガラス戸が開いているのに気がつき、慌ててガラス戸を閉めた。茶だんすの上やらテレビの上やらテーブルの上やらを探すがぴーちゃんの姿はどこにも見えない。自由への隙間を見つけて飛び出していったのに違いなかった。 狭い庭を見渡した。屋根の上や電線を見上げた。ぴーちゃんはどこにもおらず、数羽の雀が平和な声でさえずっているだけだった。 名前を呼びながら近所の家々の庭を覗きこんだ。電線や屋根の上を見上げ、街路樹を一本一本見て回った。どこにもぴーちゃんの姿はなかった。 征也は文字通り肩を落として歩き回っていた。車一台がやっと通れるほどの道を歩いていると、その肩に何かがとまった。驚いて両肩が跳ね上がった。それでもその何かは征也の肩にしがみついていた。黄緑色をしたセキセイインコだった。 征也が手を出すと指の上にちょこんと乗っかった。人によく馴れていた。征也はちちちちちと小鳥のさえずりを真似ながら、そっとかごの入り口へインコを持っていった。ぴーちゃんの代わりに自分を飼ってくれとでも言うように、素直に鳥かごの中に入った。 「お前、変わってるなあ」 征也はぴーちゃんの事をしばし忘れ、鳥かごの中に入って夢中で餌をついばんでいるインコを眺めていた。 ふと人の来る気配を感じ征也が顔を上げると、向こうから女の子が歩いて来るのが見えた。征也と同い年ぐらいの三つ編みの女の子だった。手には征也と同じように鳥かごを下げている。 あの子も逃げた小鳥を探しているのだろうか。 征也の視線がその女の子の持っている鳥かごに吸い込まれた。かごの中には一羽のインコがいた。暗くなってきてても、その姿ははっきり見えた。 「ぴーちゃん」 征也は勢い込んで言った。鳥かごの中にいるのは、逃げてしまったぴーちゃ

【1000文字小説】まだ渡せない手紙

イメージ
授業中に拓也が見つめていたいもの、それは教師や黒板や三階の窓から見える外の景色などではなくて、初恋の相手、紀子だった。 いつもの紀子は、黒板や教科書やノートに目をやる時間よりも、窓の外の景色を眺めている時間の方が長かった。不思議と教師から注意も受けず、黒目がちの瞳で見ているのだが、今日の紀子は時折拓也の方へと視線を投げかけた。視線がぶつかるたびに拓也は慌てて目をそらすのだが、紀子の方も頬を赤く染めて目をそらした。 紀子とは進級したときのクラス替えではじめて同じクラスになった。同じクラスになったとはいえ、口をきいた事もなかった。 紀子はあまり目立つとはいえない存在だったが、拓也にはクラスメイトの中でも紀子一人だけが、眩しげな光彩を放し出しているように感じた。 拓也は、自分の気持ちを伝えるために手紙を書いた。数行書いては書き直し、何度も何度も書き直して、ようやくでき上がった苦心の作だった。 だが、いざその手紙を渡すとなると、どうしても思い切れない。家を出るときには、今日こそは渡すぞと決意するのだが、今日こそは、と思いながら渡せないまま一週間が過ぎていた。 手紙はカバンに入れたまま、今日も紀子に目をやっていたが、その紀子と奇妙に目があうのだった。 「あの」 放課後、拓也は後ろから声をかけられた。それは聞き間違えるはずがない声だった。拓也が振り返ると、ジャージ姿の紀子が立っていた。澄んだ瞳がじっと拓也を見つめていた。 「お手紙、ありがとう」 はにかみを含んだ表情で紀子は言った。頬が上気していた。 「びっくりしたけど」 「え、あの、手紙って」 拓也の顔も赤らんた。声がうわずった。汗がしきりと流れ落ちた。 「嬉しかったわ」 え、今、何て言ったのだ? 嬉しかったわ、だって! 「じゃ、あたし、行かなきゃ」 走り去ってしまった。科学部に籍を置くだけの拓也と違い、陸上部の紀子はこれから練習があるのだろう。拓也はただ呆然として紀子の後ろ姿を見送った。 夢ではない。紀子から話しかけてきて、そして言ったのだ。嬉しかったわ、と。 でも、どういう事だろう。 紀子は手紙を読んだかのような口振りだった。 拓也はカバンの中を確かめた。勇気のなさを象徴するように、手紙はまだあった。封も開いていないから、誰かに覗かれ

【1000文字小説】満月の空を飛べた頃

イメージ
二階の子供部屋で眠っていた五歳の静香は、何かに呼ばれた気がして目を覚ました。ベランダから満天の空を仰ぎ見ると、満月が自分を招いているような気がした。すると小柄な体がふわりと宙に浮いた。 「うわあ、すごーい」 空に浮かぶと、体は自分の思いのままにコントロール出来た。静香はちっとも怖がらず、むしろその状況を楽しんだ。そして月に向かって高く高く飛び上がっていった。 その高みから地上を見下ろすと、住んでいる町全体が地図を広げたように一望出来た。 静香は急降下してまた一気に上昇してみたり、ぐるぐると旋回してみたり、どこかに鳥が飛んでいないか空中を探し回ったりした。 小一時間ほど空の散歩を楽しんだ静香は、今までに感じた事のないほどの疲労を感じはじめ、急いで部屋に戻るとその後高熱を発して三日間寝込んでしまった。 その後も晴れた満月の日に静香は月に呼ばれるように空中の散歩を楽しんだが、その後二、三日は必ず熱を出して寝込んでしまうのだった。 ある時母が静香の夜の不在に気がついた。 熟睡していた夫を叩き起こし二人で近所を探し回ったが、二人とも見当違いの場所を捜していたのだから、静香の姿は見つからない。 家に戻り夫が警察に電話しようとしたそのとき、二階でかすかな物音がした。二人が子供部屋に飛び込むと、静香がベッドにいて寝息を立てていた。静香はそのまま三日間寝込んでしまった。   静香の体の調子が元に戻るのを待って母は静香に問い掛けた。 「静香、満月の夜どこに行っていたの?」 静香はそう言われてもすぐには答えられなかった。楽しかったという思いはあるが、霧がかかったようにぼんやりとしていて、はっきりと思い出せない。 静香は遠くを見るような目をして必死で記憶の糸を手繰り寄せていたが、それはなかなか困難な作業だった。 「空を飛んでたような気がする」 「空を飛んでた?」 「うん、思い出した。空を飛んでたの」 「いい? 静香、それは夢よ。本当に起こったことを話してみて」 「本当に起こったこと?」 「そうよ。人間は空を飛べないのよ」 「じゃあ、あたしは人間じゃないの?」 「空を飛んだのが夢なのよ。人間は空を飛べないの。いい? 決して飛んだり出来ないの」   静香はその後小学生になり、中学生になり、高校生に