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【1000文字小説】ついてくるな

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「何だよ、ついてくるな」 広巳は後ろを振り返り、いつまでもついてくる小さな女の子に声を張り上げた。 師走の空はどんよりとして暗く、朝から冷たい雨が降りしきり、町全体がほの暗く感じられる。 広巳が友達の家に向かっていると、後ろから毎週見ているテレビアニメの主題歌が聞こえてきた。振り返ると後ろを歩いている女の子が歌っている。 いつまでも歌声が聞こえる。なんかおかしいなと感じ、わざと脇道へそれたり立ち止まったりしたが、その度に女の子も広巳にあわせて脇道にそれたり立ち止まったりした。 ずっとついてこられたら、女の子一人では帰れなくなってしまうのに違いなかった。それで声を張り上げて、女の子を追い払おうとしたのだった。が、女の子は一向に去る気配はなかった。いつまでも歌声が聞こえてくる。 広巳は走り出した。女の子をまいてしまおうと思った。だが、歌声は消えない。走りながら振り向くと、少女も走って広巳の後を追いかけてくる。 広巳は走るスピードを上げた。傘を持っているので走りにくいが、足の速さには自信があった。クラスでは一番、学年でも一、二番を争うほどの速さだった。運動会の徒競走ではいつも一番だし、クラス対抗リレーではいつもアンカーをまかせられていた。 けれども、いくらスピードを上げても歌声が消えない。 走りながら後ろを振り返った。 少女はいた。 広巳を見つめて微笑んでいる。広巳ははあはあと息を切らしていたが、少女の呼吸はまったく乱れていなかった。 「ついてくるなー」 ほとんど叫ぶようにして走り続けた。少女の歌う声は離れずについてくる。どんなにスピードをあげてもついてきた。 人間とは思えなかった。そう思うと背中をひやりとしたものが走りぞくっと身震いした。 ゴールの友達の家が見えてきた。 なおも走り続けていると少女は広巳を追い越した。追い越し際に少女は、「あたしが一番」と言った。 少女は家の前で立ち止まった。また歌を歌い始めていた。広巳は追い越された時点で立ち止まっていた。 広巳は友達の家へ近寄れなかった。そのまま回れ右して走り出した。少女はついてこなかった。振り返ると少女は手を振っていた。始めからこの友達の家に来るつもりだったのか、ここに残るのだろうか。 悪いなあ、とは思ったが、まあいいか、と考えて広巳は家

【1000文字小説】十年後のトブ

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昔のままだった。 国道を右に曲がって小学校の前を通り、二つ目の角を曲がると小さな公園がある。そこまでゆっくりと歩いて来た浩一は、青いペンキのはげたベンチに腰を下ろした。 道路も建物も十年前に来た時と変わっていないが、変わっていない分だけ古びた感じがした。最初にここに来るときに目印にしたクリーニング店はシャッターを下ろし、もう営業をしていない。 「クリーニング屋さんがあるからそこの角を右に曲がって……」 さやかの声が耳元に蘇る。記憶の中の変わらない声。   平日の午後だった。雨が降ったり止んだりを一日おきに繰り返しているが、今日は晴れていて浩一のいる公園にも明るい日差しが注がれている。明日の予報は雨だが、今はまったく降る気配はない。   浩一はポケットからスマートフォンを取り出しメールをチェックした。公園の前の道路は行き止まりになっていて、行き止まりにある保育所に子供を預けに来る車が朝と夕方に通る以外、車はほとんど通らない。地下鉄の駅から徒歩で五分しか離れていないが、その割には閑静だった。 「トブ?」 浩一は呟いた。公園のサルスベリの下を一匹のネコが歩いていた。白いネコ。大分太っている。八キロ近くあるだろうか。黄色い首輪がついている。 ゆっくりと歩いているネコに向かい、浩一は声を出した。 「トブ」 声の方を向いたネコの目と浩一の目が合った。ネコは動かずにじっと浩一を見つめている。浩一が立ち上がろうとすると身構えて走り出そうとしたので、浩一は動くのをやめた。 トブはさやかの家の飼いネコだった。けがをしていた小さなネコをさやかが拾って来た。ネコは二週間もするとすっかり元気になり、そのままさやかの家のネコになった。元気で元気で飛んで行きそうだという事で、名前を『飛ぶ』にした。去勢手術をしてからどんどん太りだし、飛ぶとはいえなくなってしまったが。黄色い首輪は浩一がトブにつけた首輪。 「お前、トブだろ」 ネコは浩一を見つめている。が、サルスベリに雀が来たのに気を取られ、ネコはそちらを見た。 浩一はトブが好きだった。ネコは別段好きではなかったが、しょっちゅう姿を見ていると愛着が湧いてきた。時折トブは頭をなでて欲しいという表情で浩一を見つめた。もうたまらない。 さやかはまだトブの頭を撫でてやっているのだろ

【1000文字小説】ニャアと鳴くヒーロー

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憲二は会社の帰りだった。 地下鉄の駅の階段を上り、コンビニに寄って夕食の弁当とビールを買い、歩き馴れた道を誰も待つ人のないアパートを目指して歩いていた。 向こうから六十代前半と思しき男が歩いて来た。酒が入っているのか多少ふらついた足取りで赤ら顔の男だった。右手には赤いリードが、その先は男の後ろに伸びていた。 男とすれ違う時までずっと、憲二は以前酔っ払いに言いがかりをつけられ喧嘩して負けた事があったから、なるべく目を合わせないようにした。男は別段憲二を気にする風でもなく通り過ぎた。男の後ろには犬が、気乗りのしない様子で男に引きづられるようにして歩いていた。 憲二は犬が嫌いで、大の苦手だったが、恐いもの見たさからか、憲二は後ろを振り返り、男に連れられた犬の様子を見ていたが、その視線を感じたように男が振り返ったので慌てて歩き出した。 男はにやりとしたように見えた。しゃがみ込むと犬につけていたリードを外し、「それ」と声をかけた。自由になった犬はそれまでの大人しそうな態度から一変していきいきと跳ね回った。憲二を見ると「ワンワンワン」と勢いよく吠えながら走って来た。 憲二は自分目がけて走って来る犬を見て慌て、「シッ、シッ」と追い払う仕草をしたが犬は飛びかからんばかりに憲二に向かって吠えたてた。 何で俺がこんな目に、あの飼い主は何でこんなことをさせるんだ、と憲二は男を睨んだが男はにやにやと笑うばかりだった。 犬はガルルル、ガルルルと威嚇の声を上げて憲二に迫った。 咬まれるのか? 憲二は恐怖におののいた。 その時、どこからか「ニャア」という鳴き声が聞こえた。 憲二は後ろを振り向いた。一匹の猫が歩いて来た。猫と言えば犬とは犬猿の仲で、こんな威嚇している犬の前には現れないと思ったのが、悠然と犬に向かって歩いて行った。犬は猫の姿を見ると急に大人しくなり、キューンと鳴きがなら飼い主の元へと逃げ去って行った。猫は憲二を見上げて「ニャア」と鳴いた。 犬だけではなく飼い主までもが、あたふたとその場から逃げ去っていった。憲二はその様子を見て不思議に思いながらもほっと一息ついた。 猫を見て「ありがとう」と言った。この猫、本当はライオンか虎なのだろうか。このまま帰るのも悪いと思い何か猫にお礼をしたかった。コンビニに戻ってキャットフードでも買っ

【1000文字小説】お前はジョニー

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ミツコは会社帰りにペットショップへ寄った。ネコを飼いたいと思っているのだが、今住んでいるアパートではペットを飼う事は禁止されている。飼えない寂しさをペットショップのネコを眺めて紛らわしていた。 ロシアンブルー、メインクーン、スコティッシュホールド、マンチカン、アビシニアン、アメリカンショートヘアー…。様々なネコがいる。 飼いたいな。何とかならないかしら。 ミツコは店員に思い切って聞いてみた。 「あのう、今アパートに住んでいて、ペットを飼う事が禁止されているんですが、それでも飼えるようなネコって、いませんか」 ミツコとそんなに歳が変わらないように見える店員は弾んだ声で言った。 「いますよ」 「え、本当?」 「見つからないように飼ってても、引っ越す時に痕跡が残っててバレてしまうんですよね。匂いとか柱の傷跡とか。でもこのネコなら何の痕跡も残しませんよ」 店員はミツコがさっき見ていたネコの中の一匹を指差した。ロシアンブルー。 「本物に見えますよね。この子、実はロボットなんです」 「え? ロボット?」 どう見ても本物に見えた。これがロボットだなんて、随分テクノロジーが進んだものだ。抱かせてもらったが本物のネコとしか思えない。 値段は百万円だった。さっき見た値札は十万円だと思ったが、桁がひとつ違っていた。車が一台買えてしまう。 百万円か。 それでもミツコは今度の日曜日に買いに来ようと思いながら店を出た。貯金はちょうど百万円ある。ネコとの生活を考えながらアパートに向かう。 本物そっくりだ。楽しいだろうなあ。名前は以前から決めていた。ジョニーだ。ファンであるジョニー・デップから取った。 ん? ネコの声が聞こえた。 道ばたに段ボール箱が置いてあり、声はそこからする。 段ボール箱からネコの声。これは、捨てネコではないのか。 このまま通り過ぎようか。箱を開けると困った事になる。ネコをどうにかしなければならなくなる。 ロボットのジョニーを買う事に決めたのだ。生きているネコは飼えない。 …でも、放っておけない。ミャアミャアという鳴き声が飼ってよと訴えているように聞こえる。ミツコは立ち止まった。 段ボール箱を開けた。小さなネコがいる。 ネコと目があう。 この顔を見ればもう仕方ない。百