このブログを検索

2017/04/18

宇宙猿人ゴリからスペクトルマンへ


昭和46年

昭和46年は第2次怪獣ブームの年だった。
何と言ってもウルトラマンが帰ってきた年。
ミラーマンやシルバー仮面も始まった。

平成の今も続く仮面ライダーが始まった。
仮面ライダーを中心に考えると変身ブーム。
仮面ライダーの「変身」が大流行したのだ。
今だったら流行語大賞を取れる。

その第2次怪獣ブームが起こるかどうかはまだわからない昭和46年の1月、スペクトルマンは始まった。いや、始まっていたから、その流れに乗る形で製作されたのか。

スペクトルマンが始まったと書いたが、番組のタイトルは「宇宙猿人ゴリ」
敵のボスの名前がタイトルになっている珍しいパターンだ。ピーターパンじゃなくてフックみないな。

放送第1回、物語の終盤で、スペクトルマンが現れた場面だけを覚えている。
敵の怪獣の上をクルクル旋回するスペクトルマン。
何かしそうで何もせず回っているだけのスペクトルマン。
怪獣の出した光線か何かを浴びてスペクトルマンの背中が燃え出す。
背中が燃えながらクルクル回っていたが結局墜落。
ええ? どうなるのって所で次回に続く。

翌週の2回目。
スペクトルマンは本体の蒲生丈二の姿になって気絶していた。
このシーンを見て幼い私はガッカリした。
何かしそうで結局何もしないで墜落してしまったヒーロー。
これじゃあやはりスペクトルマンをタイトルにするわけにはいかない。

それでも後半は「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」、そして最後はついに「スペクトルマン」と出世魚みたいにタイトルが変わった。

途中見たり見なかったりが続いたスペクトルマン。
見たかったけれども裏番組も気になったのだろう。
見ていない回の翌日は、友達とのスペクトルマン談義についていけなかった。
話を聞くと見たい気になるのだが、見るとやはりガッカリしたのだろう。

日本ではまだスペクトルマンのレーザーディスクが発売されてない時期、外国版のスペクトルマンのレーザーディスクのジャケット写真を何かの雑誌で見た事があった。海外では大人気だったのだろうか。