【1000文字小説】時々晴れ
梅雨に入ると、自動ドアの音が少し鈍く聞こえる。 雨をまとった客が一人ずつ入ってきて、床に細い足跡を残していく。私はレジを打ちながら、モップを掛けるタイミングを考えている。 昼過ぎになると、決まってやって来る女子高生がいた。 おにぎりを一つと紙パックの紅茶。それだけを買う。会計が終わると、小さく会釈をして出ていく。 それでも毎日同じ時刻に現れる人は、いつの間にか私の中で時間の目印になっていた。 ある日、制服の肩まで濡らして店へ入ってきた。前髪から雫が落ちていた。私はレジ袋を渡しながら、思わず口を開いた。 「雨、強いですね」 彼女は少し笑った。 「すぐやむので」 その日は、閉店まで降り続いた。 翌日も彼女は来た。 その翌日も。 そして、来なくなった。 毎日見ていたはずなのに、思い出そうとすると顔がぼやける。笑ったとき、少しだけ目を細めたことだけ覚えている。 昼過ぎになると、会計の途中でも入口のほうへ目が向くようになった。自動ドアが開く音に、前より敏感になった。 休みの日、近所の公園まで歩いた。 屋根のあるベンチから雨を眺める。芝生を鳩がゆっくり歩いている。 帰り道、知らないコンビニへ寄る。 冷たい缶コーヒーを一本買う。 「ありがとうございました」 若い店員の声がする。 私は小さく会釈をして店を出た。 雨は少し弱くなっていた。 アパートへ戻ると、向かいの部屋の窓が少しだけ開いていた。カーテンが静かに揺れている。 私はしばらく窓を開けたまま、湿った風を部屋に入れた。 翌日も雨だった。 昼が過ぎた。 レジの前には別の客が立ち、別の硬貨が音を立てる。 私は会計を終え、「ありがとうございました」と言って顔を上げる。 開いた自動ドアから湿った風が入る。 雨音が聞こえなかった。 「いらっしゃいませ」 リンク