【1000文字小説】車を走らせる
十月の午後、免許を取ってから初めて、一人で車を出した。 父に買ってもらった、背の高い軽自動車だった。これまで運転するときは、いつも父が助手席にいた。今日はその席が空いている。 家の前の道を出る。交差点を曲がる。信号で止まる。 思っていたより、普通にできた。 助手席の父は、右折の前には「急がなくていい」と言い、駐車するときには黙って窓の外を見ていた。私が少し斜めに停めても、最後には「まあ、いいんじゃない」と言った。 今日はその父がいない。 ナビの音声が、次の交差点を知らせる。 父よりも正確だった。 私はその指示に従って曲がった。 川沿いの道に出る。十月の風で街路樹の葉が揺れていた。赤信号で停まる。 いつもなら、このあたりで父が窓を少し開ける。 今日はそのままだった。 青になり、アクセルを踏む。 目的地の駐車場に着いた。 枠の中に車を入れる。少し右に寄ったので、入れ直した。今度はまっすぐだった。 スマートフォンに父からメッセージが届いた。 〈着いた?〉 「着いたよ」と返してから、車を降りた。 ドアを閉める前に、助手席を見る。 何もない。 十月の光が、シートの上に薄く落ちていた。 リンク