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朝に行方不明の母

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今朝、私が起きたのは6時半頃。 母の部屋のふすまが開いているので覗いてみると、布団に入っているはずの母の姿が見えない。 玄関には母の靴がなく、扉の鍵が開いていた。 最近は鍵を開ける事が出来なくなってきたが、何かの拍子で開ける事が出来て出て行ったのだろうか。 近所を15分程度探してみる。 駐車場に止まっている車のフロントガラスには霜。 そろそろ出勤する人達は霜取りをしている。 今日は今年一番の冷え込みだったのだ。 近くにはもういないようで、一旦戻る。 いつ出て行ったのかはわからないが、布団は若干温かい。 警察に電話する。 以前に母の事で相談に行き、住所を登録したり写真を撮ったりした。 その旨も話したのだが、また住所や名前など一通り聞かれる。 出来れば写真も準備しておいて下さいと言われる。 15分ほどで警官が二人、ちょっとの時間差でやってきた。 最初にきたのは若い警官で、母の名前や年齢、住所や出て行った時の服装など色々聞いてくる。 そのすぐ後にもう一人、私と同い年くらいの警官がやってきた。 すぐに見つからない場合は、行方不明届けを出した方がいいとアドバイスを受ける。 手配しますと言って警察が引き上げた後、再び探し回る。 多分自力では戻って来れないので、家で待機していても仕方がないのだ。 学校へ向かう学生達、会社に向かう会社員、時間帯が通学通勤時間になっている。 8時過ぎに警察から電話がある。 少し離れたマンションの駐車場にいたようだ。 発見者は警察と、体調が悪いからと救急車も呼んだらしい。 車で現場に向かう。 マンションの隣のコインパーキングに車を止め、マンションに向かう。 救急車が止まっていて、その外に警官が一人いた。 「息子です」と言って救急車の中へ入れてもらう。 母がいた。 母は私を見てもあんまり反応がない。 誰だかわかっていない様子だ。 寒い寒いと連呼している。 そりゃ寒いだろう。 「息子だよ」と言って名前を言ってもピンとこない様子。 救急隊員は母の体をチェックしていた。 血圧を測り始める。 それが気になって「痛い痛い」と叫び始める。 あんまり痛がるので血圧を測るのを止めた救急隊員。 それでも「170ぐらい」と言っている。 母の名前と住所と電話番号を書き、救急車...

食事の準備

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私が子供の頃から、食事の準備はほとんど母がしていた。 社会人になってから私は家を出て一人暮らしだった。 母とは数年前からまた一緒に住んでいるが、食事の準備はたいていは母がやっていた。 だんだんメインの準備は私がして、母に手伝ってもらう感じになっていた。 その手伝いも最近では出来なくなってきた。 特にここ一ヶ月ぐらいで、ほとんど出来なくなった。 私の言っていることが理解できないようだ。 「しいたけを切って」と言うと「はい」と返事はする。 返事はするのだが、行動が伴わない。 スプーンを持ってご飯をかき混ぜたりする。 で、フラフラフラ〜と持ち場を離れていく。 連れ戻してもダメだ。 私がしいたけを切ってみせると、「ほぉー」とか「へぇー」とか言って感心している。 ほら、やってみてと言っても出来ない。 洗い物をするスポンジがお気に入りで、これをしょっちゅう切り刻んでいる。 食べ物だと思っているのだ。 味噌汁に入れようとするので困る。 食べ物だと思っているくせに、洗い物をするときにはキチンとスポンジを使う。 「ごはんをよそって」と言ってもわからない。 しゃもじとごはん茶碗を説明してもわからない。 私がやってみせて、同じようにやってもらおうとしても出来ない。 出来ないというか、やらない。 私がご飯をよそっている姿を見て、「ほぉー」とか「へぇー」とか言って感心している。 自分がやりたくないから、人をおだててやらせているのではなどと勘ぐる。 「味噌汁をよそって」と言ってもわからない。 「こうやってやるんだよ〜」と見せても出来ない。 火をつけるのは好きなのか、コンロの火を消してもすぐにつけようとする。 母だと時間がかかるので、私がどんどん作業を進めていく。 朝だと私は仕事に行くので時間がないのだ。 夕飯の準備は時間に余裕があるが、夕方の母は眠い。 デイサービスから帰ってくるのは4時半過ぎ。 その頃はまだ元気だが、5時を過ぎた頃からはかなり眠くなるようだ。 晩ご飯の準備のときにはもう眠くて仕方がない。 いわゆるおふくろの味というのを今後は食べられないと思うとちょっと寂しい。 だがまあ仕方がない。 〈関連する記事〉 切られた電気コード 朝と夕方に散歩する 失見当識 薬を飲まない ...

切られた電気コード

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先月のある日の夕方、私が仕事から帰ってくると、先に帰って来ていた母がゴミ袋に自分の荷物を入れている。ゴミ袋には当然ゴミが入っていて、それに自分の洋服とか財布とかを入れているのだ。帰宅願望があるから荷造りしていたのだろうが、最近はゴミ袋がゴミ袋だとわからなくなってきている。 ゴミ袋だと思わないから、時折平気でゴミ袋に入っているゴミを口にしたりする。果物の皮やティッシュなどなど。そんなときは腹が減っているときなのだろう。 その内ブレーカーが落ちていることに気がついた。 買い物してきたものを冷蔵庫に入れるためにドアを開けると、庫内の電気がつかない。電気コードを見ても抜けてはいない。もしやと思ってブレーカーを見ると落ちていたのだ。 ブレーカーを入れ直し、さて原因はと探してみる。 ブレーカーの位置は高い場所なので、母の手では届かない。 何かブレーカーの落ちることをしでかしたのだろう。 電気ポットのコードが見当たらない。 どこに行ったのかとあちこち探すと、母のハンドバックの中に入っていた。 コードは鋭利な刃物で切られている。 母が切ったのだろう。 ポットの中にはあったかいお湯が入っていた。 朝はコードを抜いて家を出た。 夕方にはお湯は冷めているはずだ。 それが暖かくなっているとは、母が電源を入れたのだろう。 普段電気ポットを使っていると、お湯が湧いてきて湯気が出るとコードを外そうとしていた。 放っておけば勝手に止まるし、コードを外すとお湯が出なくなる。 毎回外さなくていいよと言うのだが、最近は理解できない。 今回は、お湯が沸き始めると湯気が出るので、そのタイミングでコードを切ったのだろう。 で、切った時にブレーカーが落ちたのだろうか。 母に聞いても無駄だ。 さっぱり記憶がない。 とりあえずホームセンターに行って電気ポッドのコードを買ってきた。 このとき以降は、母が電気コードを切ったことはない。 切ったことはないが、またいつ切るかわからない。 一行日記 楽天イーグルス、今日勝てばファイナルステージ進出。 〈関連する記事〉 朝と夕方に散歩する 失見当識 薬を飲まない 道無き道を突き進む母 落ちていたもの 誰かが来る 息子と兄を間違える 帰宅願望 寝てからまた起き出す...

朝と夕方に散歩する

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朝と夕方に母を連れて散歩をしている。 時間は30分程度、朝夕合計で1時間ほど。 ちょっと前はもうちょっと歩いていたが、母の体力が最近は落ちてきた。 私が散歩に行こうと言うとまずは断らない。 「いいねえ」と言って一緒に散歩に出かける。 散歩をするといい面もあるが、ちょっと困る面もある。 いろいろあるのでまとめてみた。 まずはいい面をあげていく。 気分転換 家にいるとおかしな行動が多いので、外に連れ出す。 ただ歩くだけなので、そんなにおかしな行動はとらない。 同じ場所にいるよりも、いろんな景色を見ることが脳への刺激になっていいようだ。 花 庭や公園には色んな花が植えられている。 そんな花々を、季節に応じて楽しめる。 「この花ってなんだっけ」と聞くと、以前はスラスラと答えていた。 今は花の名前はほとんど出てこないが、思い出そうとすることも脳へのいい刺激になるだろう。 体にいい 歩くことによってふくらはぎがよく働く。 体を巡る血液が、ふくらはぎがよく働くことによってうまく心臓に戻されるのだ。 当然脳への血流も増えるだろう。 また、歩くことで、足の骨への刺激が入り骨が丈夫にもなる。 顔を売る 認知症の母は時々出て行って迷子になる。 そんな時に顔が知られていると、気づいた人が助けてくれる。 毎日朝夕と散歩することで、ああまたあの親子が歩いていると認識してもらえる。 そんな母が一人で歩いていれば、見知った人が助けてくれる。 次に、ちょっと困ったことをあげていく。 転びそうになる 歩くことはいいが、足がもつれることがある。 なんでもなさそうな平地で、転びそうになる。 足が段々上がらなくなってきているのだ。 転んで骨折でもしたら大変だ。 その点は気を使う。 トイレ どこにでもトイレがあるわけではないのでトイレにも気を使う。 散歩の前にはまずトイレ。 スッキリしてから散歩に出かける。 途中にコンビニやスーパーがある場所が散歩のルートだ。 わからなくなる 散歩中、散歩をしているということがわからなくなることがある。 どこへ行くのとか聞いてくる。 この辺をただ歩いてるんだよと言うと、意味がわからないのか黙っている。 誰かを探し始めることもある。 その誰かはよくわからない人だ。 ...

失見当識

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母はかなり前から曜日がわからなくなった。 失見当識、あるいは見当識障害と言うそうだ。 医学書には認知症の中核症状と出ている。 今が何時何分なのか、自分が今どこにいるのか、そんなことがわからなくなるのだ。 「今日何日だっけ」と何度も聞いてくる母。 「10月1日だよ」と私が言うとビックリする。 「え?もう10月なの」 いきなり10月になった訳ではないのだが、今が何月かはわからないのでビックリするのだろう。 何度も聞いてくるので何度もビックリしている。 時計の見方がわからない。 わかるときはわかるのだが、わからないときはわからない。 時計が8時30分でも「もう11時か」などと言う。 どこをどう見ればそうなるのかわからない。 時間がわかっても、その時間が何なのかがわからないことも多くなった。 どういうことかと言うと、今が昼の12時だとする。 時計を見る母。 キチンと12時だとわかったとしても、さあ晩御飯だなどと言うのだ。 昼ご飯と晩ご飯を言い間違えているだけなのか、12時は晩ご飯の時間だと思っているのかわからない。 ただ、ご飯だということだけはわかっているのだ。 トイレや風呂の場所がわからなくなる。 トイレに行こうとして風呂場に行く。 そっちは風呂だと言っても風呂場で用を足そうとする。 ドアに「トイレ」「風呂」とでっかい張り紙を貼ってみた。 だが張り紙を見ない。 見ているのかもしれないが、「トイレ」「風呂」という文字が何を意味するのかわからないのかも知れない。 なのでトイレのドアは閉めないことにした。 私のことをわからない。 息子だと正しくわかっているときの方が少なくなった。 たいていは自分の兄だと思っている。 息子だと思っているときでも、まだ学生だと思っていたりする。 それさえもなく、私のことが誰だかわからなくなるときもある。 「何となく見たことがあるんだけど…」 私を息子だと思わずに、私に向かって息子のことを話題にすることがある。 「何で人を殺したりしたんだ」などと、私は犯罪者になっている。 あの子はいい子だなんて褒められたことは一度もない。 自分のことがわからなくなることはまだないようだ。 誕生日がわからなくなって自分が何歳なのかはわからない。 それでもまだ自分は自分だ。 ...

薬を飲まない

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認知症の母は、毎食事前に薬を飲んでいる。 飲んでいるといっても、薬を飲まなければならないということはもう覚えていないので、私が飲むように言っている。 素直に飲むときは素直に飲む。 「薬だよ」 「はい」と言って何の問題もなく飲む。 素直じゃないときは飲まない。 「えー、いいから、いいから」と言ったり、「飲みたくない」と言ったり、「あんたが飲みなさい」と言ったりする。 飲まないときはちょっと時間を置くと飲むようになることもある。 1分にも満たない間をとってから「薬だよ」と言うとさっきまでの抵抗は嘘のように飲むことがある。 それで飲まない時はさらに間をあける。 飲まないと言い張ると私も飲ませるのを止める。 で、また数分してから言うと大抵は飲む。 薬を飲むにしても、飲み方を忘れてしまっていることもある。 飲み方を覚えているときはスムーズだ。 これまで通りなんの問題もなく飲める。 だが、飲み方を忘れてしまった場合は時間がかかる。 粉末の薬なのだが、一気に口に入れないで少しだけ入れる。 口に何か入ったのを感じて、それでいいと思うのだろうか。 全部入れないで止めてしまう。 それから水で飲み込まず、舌の上で味わって「苦い」とか言う。 実際は苦くはないはずだが、そう感じるのか。 口をあけて私に「ほらほら」と見せる事もある。 水で流し込むように言うが、一回ではなかなか理解できない。 で、飲みきるまで5、6回繰り返す。 こうやって飲めばまだいい方だ。 「あんたが飲め」 こう言われたときは「俺はもう飲んだよ」と言う。 すると「え、そうなの」という感じで渋々飲み始める。 「いやだ」と言って飲まない時も多い。 「じゃあ俺も一緒に飲むから」と言って私が飲むフリをすると渋々と飲み始める。 薬を飲んで一時間半ほどすると、かなり眠くなる様子だ。 眠くなると大人しいので、手がかからなくなる。 それもあって、できるだけ飲ませたい。 まあ薬は関係なく、ご飯を食べた後なので眠くなるだけなのかもしれない。 〈関連する記事〉 道無き道を突き進む母 落ちていたもの 誰かが来る 息子と兄を間違える 帰宅願望 寝てからまた起き出す母 暴れる母 認知症の母への8つの対処法 認知症で何度も同じ...

道無き道を突き進む母

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道無き道を進む母 一昨日の昼休み、弁当を食べていたら母が通っているデイサービスから電話があった。 母が暴力をふるっていると言う。 職員だけならまだしも、業者の人にも暴力をふるっていると言う。 他の利用者への暴言もあり、興奮していて手がつけられない状態だと言う。 またかとちょっとうんざりする。 とにかく行ってみた。 行ってみると、母はもう暴れてはおらず椅子に座っている。 大人しく座っているのではなく、座りながら前にいる職員を口汚く罵っている。 そんな言い方をすれば絶対嫌われるだろうなというような口ぶり。 他の職員から、ここ最近は特に酷いと説明された。 落ち着いた頃を見計らって頓服薬を飲ませた。 本当は暴れる前に飲ませるのだろうが、暴れるそぶりを見せた頃だともう飲むはずもない。 薬を飲んだからといって、すぐに効果は現れない。 私は母を車に乗せ気分転換のドライブをする。 興奮は徐々に収まってきたのか大人しくなった。 だんだん眠くなってきた様子。 そのうちに眠ってしまった。 家に連れて帰ると、母は布団に入って眠った。 眠ったが、30分おきぐらいにトイレに起きてくる。 その都度私が声をかけると、意味不明の返事を返してくる。 薬のせいだろうか、多少ろれつが回っていない。 翌日、私が起きると、鍋にはバナナが皮ごと切り刻んだ味噌汁ができている。食器洗いのスポンジもちぎられて入っていた。 一晩寝ると母の興奮はたいていはリセットされる。おかしいことはおかしいが、興奮は収まった様子。 母は一番上にパジャマを羽織った姿だ。 味噌汁を新たに準備し始めると、母は私の知らない誰かの名前を言いながら、その人はいないのかと聞いてくる。 昔の友達か誰かだろうか。 他にも何かブツブツ言っているが、声が小さくて聞き取れない。 朝食が出来上がってさあ食べようという時に、母は迎えに行くと言って出て行った。 私もご飯をそのままにして追いかけた。 母はいつもデイサービスに持っていく着替えや上靴の入ったバッグを持っている。 母は左右を見渡しながら、近くの山に入っていく。 崖が崩れて立ち入り禁止の看板とロープを無視して進んでいく。 そして道もない山の斜面を登り始めた。 足場が悪いのでゆっくり進む。 ちょっと踏み固めてから足を出す。 ...

落ちていたもの

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朝は母を連れて散歩をする。 夕方にも散歩をする。 朝の散歩の時にはゴミ袋とゴミ拾い用のトングを持って出かける。 道端に落ちているゴミを拾いながら散歩するのだ。 一日一善。 認知症の母に、強制的にいいことをさせている。 人の役に立たせているつもりだ。 道端には様々なゴミが落ちている。 タバコの吸い殻 タバコの吸い殻が落ちていなかった日はない。 週に一回ぐらい、わかばのパッケージが落ちている。 だいたい一箱吸い終わるのが一週間なのか。 まだ火がついている吸い殻が落ちていることもある。 周囲には人はいない。 火事になったりもするぐらいだから、タバコの火はすぐには消えないのだ。 空き缶 ビールや発泡酒の空き缶が圧倒的に多い。 ビールの中身が残っていることはほとんどない。 発泡酒の中身が残っていることが多い。 値段が安いからあんまりもったいないと思わずに捨てるのだろう。 時折缶コーヒーの空き缶。 ペットボトル 空き缶に比べるとこちらは圧倒的に数が少ない。 持ち運ぶのを前提にしているので、途中で捨てていく人は少ないのだろう。 免許証 一度免許証を拾ったことがある。 25歳の男性のものだった。 免許なしで運転しているのだろうか。 後で交番に届けた。 コンビニ弁当 コンビニエンスストアで弁当を買ってきて、歩きながら食べるのだろうか。 食べ終わって空になった容器が道路脇に捨ててある。 もちろん割り箸も捨ててある。 風船 ちょっと前に、公園によく落ちていた。 風船のついた花火の破片なのだ。 雑誌 私が子供の頃はけっこう落ちていた気がするが、今は滅多に落ちていない。 お菓子、お菓子のパッケージ アリが群がっていることがある。 知らずにそのままゴミ袋に入れていると、出てきて手を這い回る。 息を思いっきり吹きかけたりして吹き飛ばす。 アリはどこだかわからない土地で投げ出される。 こういうアリはそのまま死んでしまうのだろう。 それとも何キロ離れていても巣に帰り着く本能があるのだろうか。 あるいは他のアリの群れにちゃっかり混ざったりする個体もいそうだ。 お金 お金はほとんど落ちていない。 私が子供の頃はよく拾った覚えがあるが、最近は小銭をあんまり使わなくなったので落ちていない...

誰かが来る

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アルツハイマー型認知症の母は夜の8時前には布団に入る。 風呂に入ってから寝る時もあれば、眠いからと言って風呂に入らずに眠る時もある。 布団に入ってすぐに眠ればいいが、寝ないで起きてくることがある。 誰かが来るからと起き出すのだ。 誰かが来るから、誰かの分の布団を敷く。 外へ出て行かない分まだマシかも知れない。 誰かが来るからの誰かとはいろいろ変わる。 一番多いのは息子が帰ってくるという主張だ。 8割はそうだ。 いつも帰ってくるのは息子だという記憶だけが、一人歩きしているのか。 母は毎日の夕方、そろそろ息子が帰ってくるだろうと思っている。 で、実際に息子の私が帰って来る。 この帰ってきたという記憶はなくなり、帰ってくるだろうだけが残っている。 息子は目の前にいるので、誰も来るはずはない。 息子以外だと、夫、弟、イトコ、よくわからない人などなど。 母の夫は私の父だが、いつも仕事に行っていたから帰ってくると思うのはまだわかる。専業主婦だった母は朝に父を仕事を送り出し、夕方は帰りを待っていたのだろう。 弟もまあわかる。イトコはなんでなんだろう。 よくわからない人は母自身がよくわからない。 「誰が来るの」と聞いても、「誰だっけ。よくわからない」とか言う。 わからない人が今頃来ないだろって言っても来ると言い張る。 誰かが来るという結論ありきで行動しているのだ。 誰かが帰ってくると言い出した母は、自分の寝ていた布団をずらし、スペースを作る。 そこに新たに布団を敷き出す。 誰かが帰って来るので、その人が寝る場所だ。 敷いた布団の横に座ってじっと待っているが、眠いのだろう。 すぐにうつらうつらし始める。 だが、「眠いんだから、眠ったら」と言っても「帰って来るまで待ってる」と言う。 言い張るので放っておく。 そのうち眠気をこらえきれなくなり、布団に入って眠る。 『そのうち』が1時間ぐらいになる時もある。 一回寝てしまうと、トイレなんかで途中で起きても、誰かが帰ってくるなんてことは言い出さない。 〈関連する記事〉 息子と兄を間違える 帰宅願望 寝てからまた起き出す母 暴れる母 認知症の母への8つの対処法 認知症で何度も同じことを聞いてくる母への対処法

息子と兄を間違える

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認知症の母は私のことを母の兄だと思うことが多い。 私も50歳を過ぎていいオヤジになった。 年をとっている=息子ではないと思うのだろうか。 私を兄と間違える時の母の中では、息子は小さいままなのだろう。 母は母で、自分はもっと若いと思っているのだ。 目の前にいる、自分よりも年上の人間は誰か。 それで兄だと思うのか。 実際には母と母の兄が二人だけで暮らしたことはないし、母の兄は何十年も前に結婚して孫もいる。 だがそんな事実は関係ないのだ。 私を兄だと思っている時間は長いが、大抵はそのままにしている。 私のことを「あんちゃん」と呼んでくる。 あんたの嫁さんはどこに行った?と聞いてくることもある。 兄の嫁がいるのをわかっているのに、一緒に住んでいるのはおかしいとは思わない。 朝は私を息子だとわかっている日が多い。 週のうち6日はわかっている。 だが、息子だと思っていても一瞬で切り替わる。 「あれ、息子はどこ行った?」 「今までそこにいたのに…」 目の前にいるのが当の息子なのだが、その息子はどこかへ行ったようだ。 こういうときの母は若い頃の自分に戻っているのだ。 10代、20代、30代ぐらいか。 「今何歳?」って聞くと「80歳」と正解を述べることがあるが、多分それはたまたまで、大抵は「30だっけ」「50歳ぐらいか」「数えるのやめた」とか答える。最高齢は「300歳」だ。300歳だったらけっこう若く見える。自分が80歳なら息子もその分歳をとるのだが、そんな事実も関係ない。 息子はどこに行ったのだとなったとき、ちょっと前までは「俺が息子じゃないか」と言うと、最初はちょっと怪訝な顔をしながらも「ああ、そうだっけ」と思い出していた。 それがだんだんと無理になった。 それで「仕事に行ったよ」とか答えるようになった。 そう言っただけで納得する場合もある。 「ああ、そうなの」 「学校だよ」と言えば納得することもある。 「ああ、そうなの」 納得しない場合もある。 まだ小さいんだから仕事なんてしてないとなったり、挨拶もせずに学校へいくわけはないとなったりする。 納得させるのは無理だから話題を変える。無理に変えなくてもその内忘れる。 納得せず忘れないときの母は、息子を探しに家を出て行く。 息子を探し回るのだが、当...

帰宅願望

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認知症の母は朝から帰宅願望がある。 朝の5時過ぎくらいから起き出してガサゴソガサゴソやっている。 なんかやっているなあと思いながらも、眠い私はたいてい7時ぐらいまで寝ている。 私が起き出す頃には母の荷物がまとめてある。 「今日帰るから」と母は言う。 服や下着や茶碗や箸や筆記用具や薬などなど。 適当にバッグに詰め込んでいるだけなので、グチャグチャだ。 「まあ、とりあえずは朝ごはんの準備をしよう」と言って一緒に朝食の準備を始める。 準備をさせながら、母にばれないようにソーっと荷物を戻していく。 この頃から母は眠くなる。 で、朝食の準備が整う頃までに帰宅準備の痕跡を消す。 週のうち2、3日はこんな感じだ。 朝食を食べ終え、後かたずけが終わって一段落したところで散歩に連れ出す。 散歩は大好きで、行こうといえばほとんど拒否しない。母の前世は犬だったのかもしれない。 30〜40分程度近所を散歩する。 スタート時には「今日帰る」などと言っているが、帰ってくる頃には大人しくなっている。 かなり眠くなっているのだ。 散歩から戻ってくるとデイサービスが迎えにくる時間だ。 以前はデイサービスの迎えが来るまで家で待っていたが、それだと様々な心配事を言い出すのでキリがない。 外に連れ出して気をそらすのが一番だ。散歩が効果的だとわかったのでどんどん連れ出すようにした。 9時半近くになるとデイサービスが迎えにくる。以前は行かないと言ってモメたことも多かったが、最近は少なくなった。デイサービスが何のことかかわからなくなっているのだ。 母を送り出すとほっと一息。 私はそれからようやく仕事に行くのだ。 デイサービスからは夕方の5時前後に帰ってくる。家には誰もいないので、私が帰るまで一人で待っている。 仕事から帰ってきた私が「ただいま」と言うと母はいつも眠そうだ。 布団を敷いて寝ていることもある。 私が帰ってくると起き出してくる。夕方はかなり眠くなるらしい。 数ヶ月前までは、この時間に帰宅準備をしていた。 私が仕事から帰る頃には準備が出来上がっていた。 それが週に2、3日あった。 それが今は朝になった。 夕方に帰宅願望が多いというが、人によってそれぞれ違うのだ。 夕方の母は眠すぎて、帰宅願望が出ないのかもしれない。 眠い母を...

寝てからまた起き出す母

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認知症の母はたいてい午後8時前には就眠する。 寝たと思っても5、6回は起き出してきては「明日のご飯は…」とか「風呂のフタしめたっけ…」とか言ってくる。それでも8時半を過ぎればそんなこともなくなって眠る。 だが時折パジャマから着替えて起き出してくることがある。月に1回ぐらいはそのまま外へ出て行く。 理由は様々だ。 帰ってこない父を探しに行く、赤ん坊の息子を探しに行く、家に帰る…。 歩き足りないと、外から帰ってきても落ち着かない。 1時間から1時間半程度歩いてから戻ると、その後はぐっすりと眠る。 なので、外へ出て行ったらこっそりと後をつけ、歩き回らせる。 頃合い(1時間ぐらいが過ぎたら)を見て、声をかける。 十分歩き回っていると、そのまま大人しく一緒に戻ってくる。 まだ興奮しているとちょっとモメる。それでもう少し歩く。歩き疲れて無口になり、ようやく大人しくなって帰る。 先日の火曜日。 いつものように8時前には布団に入った。 だが、8時半過ぎにに起き出して、着替え始めた。 息子を迎えに行くと言う。 息子は私なので、「ほら、それは俺だよ。ここにいるよ」と言った。 これで安心することも多い。 「ああ、帰ってきてたのね」と言って再び布団に入る。 逆に興奮し始めることもある。 「何で変なこと言うんだ」「どこ行ったの」 この日は興奮し始めたのだった。 「あんたは違う。息子は?」 「まだ小さいのに…」 「かわいそうだ」 息子=私は50過ぎだが、母の中では赤ん坊になったり学生になったりする。 「明日探しに行こう」と言うがダメ。 今、この瞬間に息子がいないことが問題なのだ。明日では遅すぎる。 出て行こうとするので黙って見ている。 一緒に行くと私を攻撃(色々言ってくるだけではなく、殴ったり)してくるので、一人で行かせる。 たいていは一人で歩かせて、こっそり後からついていき、頃合い(1時間から1時間半程度)を見計らって連れて帰るのがパターンだ。 が、今回はそれが母の気に入らない。一緒に探しに行きたいようだ。 「薄情者」「息子がどうなってもいいのか」と一緒に行こうとしない私に苛立って、どんどん興奮がエスカレートしていく。 仕方がないので一緒に行こうとすると今度は拒否する。 私を押し戻し一人で出ていき、外からドアの前...

暴れる母

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先週の日曜日午前11時過ぎ、父の仏壇に線香をあげた母。 父は10年以上前に死んでいる。 線香をあげた直後に父はどうしたのかと聞いてきた。 父はどうしたのだとの質問はいつものことだ。 今回はいつもと違って、線香をあげた直後だった。 どうしたのって、仏壇に線香をあげてるんだから、死んでいるのだ。 父はどうしたのとの質問に、答えるパターンは二通り。 「死んだんだよ」と正直に言うパターンと「今出かけているよ」みたいに生きていると言うパターンだ。 どっちを答えても大丈夫なときもあればダメなときもある。 大丈夫なときは、「そうか死んじゃったのか」としみじみ語ったり、「そういえばそうだったね」と納得する。 ダメなときは、「いや、そんなことはない、生きているはずだ」となったり、「さっきまでいたのに、黙ってどこへ行ったの」と怒り出したりする。 大丈夫だと思っても怒り出すときもあれば、ダメだと思ってもすぐ落ちつくこともある。 この日は線香をあげた直後でもあり、「死んだんだよ」と答えた。 すると母は表情が険しくなり、「そんなはずはない」と言う。 ダメなパターンか。 「今線香をあげたじゃない」と言ってもダメだ。 「さっきまで喋っていた」「どこに行った」と段々興奮しながら喋る。 私と喋っていたことを、父と喋っていたとカンちがいしているのかもしれない。 「もう十年前に死んだんだよ」 「いや、そんなことはない。生きてる」「死んだって、何だってそんなこと言うの!」「殺したの?」 自分の言葉に背中を押されるように、どんどん興奮していく母。 「じゃお墓参り行こうか」 「何しに行くの」 「お父さんのお墓参りだ」 家にいてもラチがあかない。こうなると納得させるのは無理なのだ。 気分転換させるために、お墓参りを口実に車で連れ出すことにした。 これで興奮は収まることもある。 車に乗っても「どこに行くんだ!」と興奮している。 「お墓だよ」 「死んでないよ。病院へ行け」「こっちは病院ではない、どこに連れて行くの」 足でダッシュボードをガツガツ蹴ったり、ティッシュの箱を潰したりしている。 「降りる!」「降ろせ」とか言って施錠をときドアを開ける。いつも鍵の開け方をわからないのに、こんな時はすぐにわかるのだ。 路肩に寄...

認知症の母への8つの対処法

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私は昭和40年生まれのおっさんだが、私と同世代の人達の親は70代〜80代が多いだろう。 私の父は10年ほど前に死んだが、母は健在だ。 健在とはいえ、アルツハイマー型の認知症でてんやわんやだ。 なので、こういう時にはこう対処しているというのを書いてみる。 おにぎり ・毎朝、母におにぎりを握ってもらう。 私が昼に食べるのだ。 先日、おにぎりを口に入れたらすぐにウメボシ。 今日は随分と端っこに入れたんだなと思ったらまたウメボシ。おやおや今日は2個入れたのかと思ったらまたウメボシ、ウメボシ、ウメボシ…。 結局ウメボシは7つ入っていた。 ・おにぎりを握っている時、ふと見ると海苔を巻いたおにぎりにまた海苔を巻いている。 そんなに巻かなくていいんだよと言って確認すると、海苔を4枚巻いていた。 対処 作っている時に見守ること。 飴玉 母を助手席に乗せて、私が運転中。 母に、飴食べるから袋から取り出してと頼んだ。 頷いた母は飴を取り出し、そのまま自分の口に入れた。 飴を出した時点で、私から頼まれたという事を忘れてしまうのだ。 対処 途中で声がけして、目的を忘れさせないこと。 炊飯器 時折、ご飯を炊いている最中の炊飯器を開けてしまう。 すぐに閉めないので、芯が残って炊きあがる。 対処 炊きあがるまで炊飯器に「開けるな」と張り紙している。 パジャマ 冬場はパジャマを脱がない。 朝は私より起きるのが早いので、母はすでに着替えている。 が、その時はパジャマを脱がないで上に服を着ている。 脱がせようとすると面倒くさがって怒る。 対処 着替えなくても、まあ不都合はないし、そのままにしている。 ミルキー 1日で一袋くらい食べる。 口に一個入れいてるのにさらに口に入れたりもする。 対処 母はアルツハイマー型認知症の他に、多発性骨髄腫と診断されてから6年になる。 なので、まあ好きにさせている。 財布 財布がなくなったと騒ぐ。誰かに盗まれたんだと言う。 物盗られ妄想だ。 時には具体的に、○○に盗まれたとか二人組の男が持っていったとか言う。 対処 「一緒に探そう」と言って探す。 これまで本当になくなったことはなく、必ず出てくる。 ことわざ 脳の活性...

認知症で何度も同じことを聞いてくる母への対処法

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数年前から認知症の症状が現れた母。 いろんな症状があるが、その中の一つに、何度も同じことを聞いてくるというのがある。 「お父さんはどうしたの?」 「死んだんだよ」 「ああ、そう」 1分後。 「お父さんはどうしたの?」 なんだ、また同じことを聞いてきて。 「死んだんだよ」 「ああ、そう」 さらに1分後。 「お父さんはどうしたの?」 さっき答えたばかりなのに。またまた同じことを聞いてきて、イライラするな。 「死んだんだよ」 「ああ、そう」 以下、繰り返し。 こっちが何かしている最中だと、さらにイライラする。 1分後ならまだいいが、1分間の間に何度も聞いてくることもある。 「お父さんはどうしたの?」 「死んだんだよ」 「ああ、そう。お父さんはどうしたの?」 「死んだんだよ」 「ああ、そう。お父さんはどうしたの?」 「死んだんだよ」 「ああ、そう。お父さんは…」 何度も同じことを聞かれるから、イライラする。 こっちも何度も同じことを言わなきゃならないから面倒くさい。 そもそもなぜイライラするかというと、何度も同じことは聞かないものだというこっち側の前提があるからだ。 自分が何か作業していたりして、そちらを優先させたいときなどはさらにイライラする。 ではどうするか。 何度も同じことは聞かないものだではなく、何度も聞いてくるものだというふうに考えを変える。 認知症の人間は、何度も同じことを聞いてくるのだ。 1回質問がきたら、その後何度も同じことを聞いてくるものだと考える。 聞いてくるのが当たり前なのだ。 これまでは、 母「お父さんはどうしたの?」 なんだ、また同じことを聞いてきて。 「死んだんだよ」 それを変える。 これまでは前提が間違っていたのだ。 認知症の人は、何度でも同じことを聞いてくる。 母「お父さんはどうしたの?」 おお、聞いてきた。 前提を思い出そう。 認知症の人は、何度でも同じことを聞いてくる。 まずは1回目。この後何度も聞いてくる。こう心構えをする。 「死んだんだよ」 「ああ、そう」 1分後。 「お父さんはどうしたの?」 認知症の人は、何度でも同じことを聞いてくる。 ほら、聞いてきた。 「死んだんだよ」 この後また聞いてくるは...