【1000文字小説】早送りの人生
一月の冷たい雨が降る午後、七緒は自室の机に向かっていた。テストは何曜日だったか、ふと思い出せなくなる。この静かな時間を期末試験の勉強に充てるはずだったが、七緒の意識はすでに遠く離れていた。 「ああ、全然頭に入ってこない」 しとしとと降る雨音は、雑念を増幅させていく。他愛のない妄想が次々に頭をよぎるが、一つだけ奇妙な雑念があった。それは自分の意思で考えているというより、誰かが勝手に自分の頭の中で映画を上映しているような、止めようのない映像だった。 ガラス張りの高層ビルのオフィスで働く自分。それは教科書の二次関数のグラフよりも、遥かに現実味を帯びていた。映像は止めどなく続く。今度は三十歳ごろの自分だ。薬指には結婚指輪。隣には見知らぬ男性が笑っている。楽しそうに笑っているはずなのに、彼の顔はなぜかぼやけて見えた。小さな子供を抱いた自分の姿。柔らかい光が差し込むリビングで、子供と遊ぶ自分。 映像は未来へ向かってどんどん進んでいく。まるで人生を早送りで見せられているようだ。時折、映像は砂嵐のように乱れ、次の場面へと唐突に切り替わる。このまま、自分が年老いて死んでしまう最後まで、この映像は続くのだろうか? 映像の中の子供が、無邪気な笑顔を七緒に向けた瞬間、七緒の口から自然と「翔太」という名前がこぼれた。なぜか子供の名前を知っていた。見たことのない未来の映像のはずなのに、深い既視感が伴っていた。 映像は続く。翔太がランドセルを背負い小学校に入学する姿。夫と二人で旅行に出かけ、海辺を歩く姿。様々な季節の移り変わり、友人たちとの別れと出会い、そして親しい人の葬儀。人生の喜怒哀楽が、まるで早回しのスライドショーのように次々と映し出されていく。どの場面にも、七緒は確かに「存在」していた。その記憶の断片は、初めて見るはずなのに、確かに自分のものだった。 これは未来の映像? いや、これは自分が経験してきた、過去の人生の映像を見ているのだ。高層ビルのオフィスも、結婚も、子供も、すでに経験した過去の出来事。今の自分は、遠い過去、高校時代に戻ってきているのだ。 七緒は、ぼんやりと開かれた数学の教科書に目を落とした。その瞬間、部屋のドアがノックされ、すぐに開いた。若い女性が顔を覗かせる。 「おばあちゃん、今日の夕飯はカレーだよ」 七緒は、誰かも分からないその人物を、茫然と見つめた。「……何...