【1000文字小説】娘帰る



あゆみは電車を降り、閑散としている駅を出た。朝晩は通勤や通学の乗客でもう少し混むのだが、昼を少し過ぎたばかりのこの時間は人影もまばらだった。

風もない穏やかな日で、別段急ぐわけではない、と数台停まっていたタクシーには乗らず、あゆみは家に向って歩き始めた。

以前は畑だったあたりに、いつのまにかスーパーマーケットがオープンしていた。店舗の周りには大きな駐車場があり、車もそこそこ停まっていた。

あゆみは店内に入ってみた。父への手土産に何かお菓子でも買って行こうと思った。真新しく広々としていたが、客は思ったよりも少なかった。駐車場に停まっていた車は店内の客のものではなく、近くの家や会社の人達が停めているだけなのかもしれない。

少ない客達の中に、あゆみは父の姿を見つけた。百八十センチを超す長身は目立った。髪の毛に白髪が増えたように思えたが、それ以外はあまり変りがなかった。左手に買い物かごを持って、キャベツを手にとって眺めている。

その光景はあゆみに奇妙な感じを抱かせた。父がひとりで買い物をしている姿を見るのははじめてだった。父はスーパーマーケットなんかに来ない、来たとしてもひとりではない、とどうしてか思っていたが、母が死んでから五年。父がひとりなのは当たり前だ。

「お父さん」

あゆみは声をかけた。なんとなく躊躇いがちな声だった。

「買い物?」

「お、あゆみか」

そう言ってあゆみを一瞥した後、またキャベツに向き直った。娘よりキャベツが気になっている風にも、照れてそうしていう風にも見えた。

その様をじっと見ていたあゆみは、
「お父さんがキャベツを買ってる姿を見たの、はじめて」と言った。


「そうか」

それがどうした、という顔で父はあゆみの顔を見た。

あゆみは父と一緒に並んで家に帰った。父と並んで家に帰るのは一体何年ぶりだろう。そんなはずはないのだが、はじめてのような気もした。

父はズボンの後ろポケットからキーホルダーのついた鍵を取り出した。家の鍵の他にもよくわからない鍵が何本かついていて、それがジャラジャラと音を立てている。使わない鍵はもうはずしたらいいのに、とあゆみは思ったが、どうせ自分の言うことを聞きはしまい、と考え何も言わなかった。

父は玄関の鍵を開け家の中に入った。父の後に続いてあゆみも家に入った。敷居をまたいだ時に、「ただいま」と声を出した。その声の大きさに父が驚いて振り向いたが、あゆみ自身も驚いていた。(了)


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