【1000文字小説】真夏の冷たい午後



暑くて明るい真夏の午後が続いている。プールからの帰り道、大悟が歩いていたすぐ側のイチョウからミンミン蝉の声が聞こえた。

あ、あそこだ、と手を伸ばせば届きそうなところに蝉の姿を見つけたときだった。

「大悟くん」

後ろから呼び止める声がした。大悟は不意に声をかけられたせいで、体がびくっと硬直した。気温が瞬く間に下がって季節が冬になってしまったように感じた。

立ち止まって恐る恐る振り返って見ると、知らない女の子が立っていた。真夏には似つかわしくないほどの白い肌だった。

「一緒に帰ろう」

女の子は大悟に近寄ってきた。たった今水から上がってきたように髪が濡れ雫が落ちている。
大悟は何故かしら言い知れぬ恐怖を感じ、今すぐこの場から駆け出して逃げ出したくなった。けれど足が思うように動かない。

「さあ、行こうよ」

女の子が言った途端に大悟は歩き出した。まるで操り人形のようだった。ミンミン蝉の声が遠ざかっていく。

「どっちがいい?」

女の子はビニール製の手提げ袋からバーのアイスを取り出した。イチゴ味とソーダ味の二本だった。

忘れないようにと手の甲や手のひらにメモをする人がいるが、女の子の右手の甲には何か字が書かれている。じっと見つめて読むと、大悟と書かれていた。

「ほら、どっちがいい? あげるよ」

勧められた大悟はどうにも断ることが出来ず、ソーダ味の方をもらった。水色の袋から取り出したアイスはこの暑さの中でもまったく溶けていなかった。

二人は並んで歩きながらアイスを食べた。頬張って感じる冷たさが歯にしみたが、味はよくわからない。体の芯から冷えてしまいそうな気がした。

半分まで食べたときだった。

「あたり?」

女の子は大悟の顔をのぞき込むようにして聞いてきた。バーに当たりの文字が刻印されていればもう一本貰えるのだった。剥き出しになったバーを見ると何も書かれていない。

大悟は「はずれ」と弱々しい声で答えた。

「はずれ? 残念だな」女の子は言った。

家の前までやって来ると、大悟は「じゃ、ここで」と言って女の子と別れようとした。

「ああ、ここがあんたの家だもんね」

「う、うん」

「しかたがないね、はずれだったんだから」

「え?」

女の子は、それじゃというように右手を上げて去っていった。大悟と書かれた文字はいつの間にか消えていた。
女の子の姿が見えなくなると、夏が再び戻ってきたように暑さを感じ始めた。ミンミン蝉が庭のツゲの木にとまって鳴きだした。(了)


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