由起夫は地下鉄の自動改札を抜けた。ちょうど入って来た車両に乗り込む。車内はかなり混んでいたがそれはいつものことだ。由起夫は吊革につかまり目を閉じた。揺れる車両に身を任せる。といってもそれほど揺れはしない。
十分ほどで終点の駅に着いた。由起夫は目を開け他の乗客と共に地下鉄を降りた。ほとんどの乗客が使うエレベーターを使わずに階段を上る。自動改札を抜け駅を出た。バス停に並んでいる人々の脇を抜け、帰路に着いた。
てくてくと歩く。前を歩いていた自分と同じようなスーツを来たサラリーマンを追い越す。その前を歩いていた若い女性をさらに追い越す。五分ほど歩いたところにあるローソンに寄った。斜め向かいにはファミリーマートがある。由起夫は毎日交互に利用していた。今日はローソンの日だ。
由起夫はエビフライ弁当とヨーグルトを買った。由起夫のアパートには電子レンジがあるが、電気代がもったいない気がして弁当はいつも温めてもらう。ローソンを出て三分歩くと由起夫が住んでいるアパートがある。築十五年だが結構奇麗なアパートだ。地下鉄の駅から近いがその割に家賃が安いので借りることにしたアパートだった。
由起夫はポケットから鍵を取り出した。キーホルダーも何もついていない。本当に鍵だけだった。キーホルダーなんかはチャラチャラしていて何となく嫌な感じがして使っていないのだった。鍵だけポケットに入れていても別段落とすわけでもないのでここ数年間ずっと鍵だけだ。
玄関の鍵を開け由起夫は中に入った。由起夫はスーツからTシャツとパンツ一枚になった。靴下を洗濯機に入れ、ふろ場で足を洗った。足の臭いが気になって仕方がない。
由起夫はふと机の上に置かれた本に目をやった。見た事のない本だった。朝にこの部屋を出る時にはなかった本だった。
由起夫はその本を手に取った。タイトルは何も書かれていない。白い表紙の本だった。誰が置いたのだと訝しく思う。由起夫は恐くなった。
俺の他に、一体誰がこの本を机の上に置けるのだ?
由起夫が三年間住んでいるこのアパートに来た事のある人間は新聞配達やNHKの集金人を除けばほとんどいない。ましてや部屋に上がった人間は一人もいなかった。親が来た事もないし、合鍵を持っている恋人もいない。では一体誰がどうやってこの本を持って来たのだろう。
由起夫は本を見つめた。何が書かれているのか、書かれていないのか。由起夫は白い表紙の本を開いた。(了)
『あまちゃん』が終わってから始まった『ごちそうさん』
『半沢直樹』が終わってから始まった『安堂ロイド』
どちらもプレッシャーがかかるでしょうねえ。
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