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2013/10/23

【1000文字小説】甘いピーマン



入社して五年になる石塚は、課長の宮本と共に社員食堂に入った。十人ほどの行列の最後に並んだ。宮本が野菜炒め定食を頼んだのを見て石塚も同じものを頼んだ。定食がのったトレーを持って、向かい合って椅子に座った。

食べ始めてからしばらくして、「君はピーマンを食べないのか」と宮本が石塚に聞いた。石塚は野菜炒めに入ったピーマンを、いちいち脇に小さな破片まで丁寧にどけて食べていたのだ。

「ええ、ちょっと苦手なんです」

石塚は苦笑いし、ばつの悪そうな表情をしながら答えた。

「子供の頃から食べれなくて」

「ふうん、ちょっと意外だ」

宮本は、これまで一緒に食事をしたが、これといって好き嫌いがなさそうだった石塚を不思議そうな表情で見つめた。

「子供の頃、ピーマン嫌いの私に業を煮やしたのか、おふくろがピーマン男の話をしてくれたんです」

「ピーマン男?」

「ええ、ピーマンを残すとピーマン男がやって来る。ピーマンを残すような奴は俺が許しちゃおけない、俺がお前を食ってやるって言いながらやって来るなんて言うんです」

「へえ、そりゃ大変」

「ていうかちょっと滑稽ですよねえ、ピーマン男なんて」

「結局ピーマンは食べれるようにはならなかった…」

「ええ、どうにも苦手で。ピーマンを出すたびにピーマン男、ピーマン男というもんですから、何度か夢にまで出てきましたよ」

夢はこんなだった。

母の野菜炒めの中に入っていたピーマンを残すと、「ピーマンを残したな」とピーマン男が現れた。プロレスラーのようながっしりとした体躯の上にピーマンの頭が乗っている。ピーマンはバスケットボール程度の大きさで目鼻がついている。その目は恐ろしくつりあがっていた。両手にピーマンを持ち、石塚の口にピーマンをねじり込んだ。

「あがが」

石塚は口をピーマンで一杯にして声にならない声を上げた。石塚の母はその様子を楽しそうに眺めている。

ピーマン男は右手を石塚の頭頂に、左手を下顎に置いて、強制的に咀嚼させた。
そんな夢を何度も見た。拷問のような出来事だったが、嬉しい事に夢の中のピーマンはいつもチョコレートの味がした。

その後出されたピーマンを、チョコレートの味がするかもとかすかな期待を込めて口にするが無論そんな事もなく、結局ピーマンを食べられるようにはならなかった。


石塚の話を黙って聞いていた宮本は微笑みながら言った。

「今度ピーマン料理を作ってあげる」

「え?」

「チョコレートの味がするかもよ」(了)

『笑っていいとも』が来年3月末で終了。随分と長い間続きましたね。昔は見てたけどって言う方も多いのではないでしょうか。


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