【1000文字小説】十年後のトブ




昔のままだった。

国道を右に曲がって小学校の前を通り、二つ目の角を曲がると小さな公園がある。そこまでゆっくりと歩いて来た浩一は、青いペンキのはげたベンチに腰を下ろした。

道路も建物も十年前に来た時と変わっていないが、変わっていない分だけ古びた感じがした。最初にここに来るときに目印にしたクリーニング店はシャッターを下ろし、もう営業をしていない。

「クリーニング屋さんがあるからそこの角を右に曲がって……」

さやかの声が耳元に蘇る。記憶の中の変わらない声。
 
平日の午後だった。雨が降ったり止んだりを一日おきに繰り返しているが、今日は晴れていて浩一のいる公園にも明るい日差しが注がれている。明日の予報は雨だが、今はまったく降る気配はない。
 
浩一はポケットからスマートフォンを取り出しメールをチェックした。公園の前の道路は行き止まりになっていて、行き止まりにある保育所に子供を預けに来る車が朝と夕方に通る以外、車はほとんど通らない。地下鉄の駅から徒歩で五分しか離れていないが、その割には閑静だった。

「トブ?」

浩一は呟いた。公園のサルスベリの下を一匹のネコが歩いていた。白いネコ。大分太っている。八キロ近くあるだろうか。黄色い首輪がついている。

ゆっくりと歩いているネコに向かい、浩一は声を出した。

「トブ」

声の方を向いたネコの目と浩一の目が合った。ネコは動かずにじっと浩一を見つめている。浩一が立ち上がろうとすると身構えて走り出そうとしたので、浩一は動くのをやめた。

トブはさやかの家の飼いネコだった。けがをしていた小さなネコをさやかが拾って来た。ネコは二週間もするとすっかり元気になり、そのままさやかの家のネコになった。元気で元気で飛んで行きそうだという事で、名前を『飛ぶ』にした。去勢手術をしてからどんどん太りだし、飛ぶとはいえなくなってしまったが。黄色い首輪は浩一がトブにつけた首輪。

「お前、トブだろ」

ネコは浩一を見つめている。が、サルスベリに雀が来たのに気を取られ、ネコはそちらを見た。

浩一はトブが好きだった。ネコは別段好きではなかったが、しょっちゅう姿を見ていると愛着が湧いてきた。時折トブは頭をなでて欲しいという表情で浩一を見つめた。もうたまらない。

さやかはまだトブの頭を撫でてやっているのだろうか。トブの喉を撫でてやっているのか。そして勿論一緒に住んでいる?

「トブ」

もう一度声をかける。ネコは何も答えない。

(了)

1年はあっという間。もうすぐ来年です。


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