【1000文字小説】ニャアと鳴くヒーロー



憲二は会社の帰りだった。

地下鉄の駅の階段を上り、コンビニに寄って夕食の弁当とビールを買い、歩き馴れた道を誰も待つ人のないアパートを目指して歩いていた。

向こうから六十代前半と思しき男が歩いて来た。酒が入っているのか多少ふらついた足取りで赤ら顔の男だった。右手には赤いリードが、その先は男の後ろに伸びていた。

男とすれ違う時までずっと、憲二は以前酔っ払いに言いがかりをつけられ喧嘩して負けた事があったから、なるべく目を合わせないようにした。男は別段憲二を気にする風でもなく通り過ぎた。男の後ろには犬が、気乗りのしない様子で男に引きづられるようにして歩いていた。

憲二は犬が嫌いで、大の苦手だったが、恐いもの見たさからか、憲二は後ろを振り返り、男に連れられた犬の様子を見ていたが、その視線を感じたように男が振り返ったので慌てて歩き出した。

男はにやりとしたように見えた。しゃがみ込むと犬につけていたリードを外し、「それ」と声をかけた。自由になった犬はそれまでの大人しそうな態度から一変していきいきと跳ね回った。憲二を見ると「ワンワンワン」と勢いよく吠えながら走って来た。

憲二は自分目がけて走って来る犬を見て慌て、「シッ、シッ」と追い払う仕草をしたが犬は飛びかからんばかりに憲二に向かって吠えたてた。

何で俺がこんな目に、あの飼い主は何でこんなことをさせるんだ、と憲二は男を睨んだが男はにやにやと笑うばかりだった。

犬はガルルル、ガルルルと威嚇の声を上げて憲二に迫った。

咬まれるのか? 憲二は恐怖におののいた。

その時、どこからか「ニャア」という鳴き声が聞こえた。

憲二は後ろを振り向いた。一匹の猫が歩いて来た。猫と言えば犬とは犬猿の仲で、こんな威嚇している犬の前には現れないと思ったのが、悠然と犬に向かって歩いて行った。犬は猫の姿を見ると急に大人しくなり、キューンと鳴きがなら飼い主の元へと逃げ去って行った。猫は憲二を見上げて「ニャア」と鳴いた。

犬だけではなく飼い主までもが、あたふたとその場から逃げ去っていった。憲二はその様子を見て不思議に思いながらもほっと一息ついた。

猫を見て「ありがとう」と言った。この猫、本当はライオンか虎なのだろうか。このまま帰るのも悪いと思い何か猫にお礼をしたかった。コンビニに戻ってキャットフードでも買ってこようか。

「お礼にキャットフードでも……」

ネコは「ニャア」と返事をするように鳴いた。

(了)

コリン・ウィルソンさんが亡くなったのですね。享年82歳でした。


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