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2019/03/15

【1000文字小説】私は転がる坂道を

 ついてない日というのがある。妻が蒸発し帰宅したら部屋の灯し火がついてない、というついてないではなくて、え? 今日はカレー? 昼飯もカレーだったんだよなという運が悪いとかの意味でのついてないである。
 いつも私は妻の助けを借りて起床するのを潔しとせず、購入から十年になる目覚しの最大音量によって目を覚ますのが常であった。しかし本日電池が切れた目覚しは所定の時間に鳴る事はなく、私は妻のソプラノによって覚醒することに相成ったのである。それで清しい朝とはならなかった。いや、私は愛妻を厭い、嫌っているわけではない。普段通りに事が運ばなかった事が不快だったのだ。
 果然それがけちのつきはじめ、月末なのにつきはじめ。地下鉄の自動改札口では定期の期限切れに気づかず、意地悪なサウンドが流れ通せん坊され、そこで財布の空に気づきフリダシニモドル。電車では珍しく座れたら目の前の男が突然嘔吐し吐瀉物が降り注ぎ、端整な顔立ちの私が痴漢に間違えられ、無情にもスリにあう。
 会社についてもついてない。勿論これは到着したのに着いてない、という意味不明の意味ではなくて、え? 今日はトンカツ? 昼飯もトンカツだったんだよなという運が悪いとかの意味でのついてないである。
 昨日ようやくまとまった商談の相手会社が倒産、不倫相手の女子社員が笑顔で妊娠したと告げ、課長の口臭はきつく、昼飯にカレーを頼めばトンカツが来、靴の紐を踏んで転んでズボンに穴。会社を出れば営業車がガス欠、パンク、果ては爆発、炎上。行く先々では担当者が皆席を外しており、車を修理に出して帰ると土砂降りの雨に遭遇。
 今まで私にはいい事もあれば悪い事もあった。これだけ厄災が続けば吉事の連続は間近であろう。人間万事塞翁が馬である。いいことわざである。コインの裏ばかりが常しえに続くわけはない。
 しかしまこと先人達は偉大であった。泣き面に蜂、弱り目に祟り目、ということわざもまた今まで生き長らえてきたのにはそれなりの所以があったのである。
 居眠り運転の大型トレーラーが私を跳ね飛ばし、私は数秒で我が三十年の人生をパノラマ視、遂に死に至ったのである。 しかし凶事は止まらない。私に対し天国の門は開かなかったのである。なにも私が悪辣、奸佞というわけではない。丁度私の前の人間で天国は定員一杯などと天使は宣うのであった。理不尽な戯言。ああ、地獄に落ちた気分。ツイテナイ。

(1998/10/30/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:997)



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