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2019/03/15

【1000文字小説】私は中央分離帯にいる

 私は今、中央分離帯にいる。
 彼此三十分になる。別段この場所が気に入っているとか排気ガスが好きだとかいう訳ではない。唯単に向こう側に渡れないだけの話である。
 自宅マンションへ帰着するにはこの上り下り共二車線の国道を渡り、向こう側に行かねばならない。ところがその為にはここから五百メートルほど歩いた所の交差点を渡りそこで反転、再び五百メートルほど歩いて戻ってこなければならぬ。バス停が中途半端な場所に位置するせいであるが、そんな不都合を我慢出来ず、しばしば横断歩道のない道を横断するのである。
 今日も上り車線がすいたのを見てまずこの中央分離帯まで辿り着き、下り車線が途切れるのを待った。が、今は下り車線が一番混雑し、殺伐たる雰囲気を産む時間。中々チャンスが巡ってこない。だが途切れないなどという事態はないはずであり、私はひたすらチャンスを待った。ええ、待ったんです。待ったんですとも。
 けれども今日に限って車の流れが途切れない。やっと途切れたと思って渡ろうとすると、脇から車やバイクが猛然と走り出てきたりする有り様。こんなことがあっていいのか。でもあるから私の人生どぶねずみ色。ああ、どぶねずみ色。
 もし地道に交差点まで歩いていたら……、いや、勝負にもし〜は禁物である。今更中央分離帯をこのまま信号まで歩いていくのも業腹である。意地である。男の意地を見せるでやんす。
 ドライバーが私を発見しても誰一人速度を落とす事はなく、間抜けな奴というように一瞥し走り去る。一歩でも車線に足を踏み出そうものなら鬼のようなクラクション。無論私が車に轢かれでもしたら激流のごときの車の流れは即停まるであろう。そしてこの光景を目撃した人々はこれを千載一遇のチャンスとばかり横断を開始、まんまと向こう側へ到達する輩が出るかもしれぬ。私は車の流れを断ち切った先駆者として新聞に名前位は載るかもしれないが、それはいかにも割に合わぬ。
 その時向こう側から一匹の猫。飛び出すな車は急に止まれない、などという事を私は叫ぶ間もなく、あわれ猫は轢かれてしまった。合掌。けれど猫には悪いが好機到来である。だが猫を轢いた車はちょいと速度を落としただけで再び加速、逃走。後続車は轢かれた猫の車線を避けて走る。止まらずに。犬死にの猫。
 猫踏んじゃった、猫踏んじゃった、猫踏んづけちゃったら平面猫。潰れた猫の目。オマエモコウナル、と言っている。

(1998/11/06/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:999)



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