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【1000文字小説】掃除機を買いに行く

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悟郎は掃除機を買いに電気店を訪れた。並べられている掃除機を眺めていると若い店員が寄って来た。 「掃除機をお求めですか」 「ああ、これまで使っていたのが壊れてしまってな。安いのでいいんだけど」 「そうですか。ならばこれはどうですか」 「へえ、中々いいね。あんまり安くは見えないけど」 「はい、18万円になります」 「18万? 高いよ。この売り場で一番高いんじゃないの? もうちょっと安いのでいいんだよ」 「じゃあ、こちらはどうですか」 「今のと似てるなあ」 「今の型の色違いです」 「値段一緒だろ。もう少し安いやつでいいからさ」 「それでは、これどうです」 「これも色違いなだけだろ。派手な色だな」 「特別色の赤です。値段が20万円と、ちょっとお高くなりますが…」 「だから、もうちょっと安いやつでいいよ」 「ではこちらはいかがでしょう。50円です」 「安! いきなり安いな。って、随分ちっこいな」 「50円ですから。おもちゃですけどね」 「おもちゃ? おもちゃなんていらないよ。普通のやつくれよ」 「え、クレヨン? しんちゃん?」 「違うよ。あれ、これ、ルンバってやつだろ。自動で動くやつ」 「いえいえ、これは違います。ストーンです」 「ストーン?」 「カーリングで使うやつですよ」 「カーリング? おい、何でそんなの置いてんだよ。掃除関係ないだろ」 「掃除はこれでしてもらいます。このブラシで」 「おい、これもカーリングのやつじゃないか。掃除機じゃないだろ」 「死んだ時に行う儀式…」 「そりゃ掃除機じゃなくて葬式な」 「うそとかつかない…」 「そりゃ掃除機じゃなくて正直な」 「昔の中国の怪奇小説…」 「そりゃ捜神記な」 「…」 「もうないのかい」 「これはどうですか」 「言葉遊びはもういいのか」 「吸引力がすごいんですよ。スイッチを入れると…く、苦しい」 「おい、大丈夫か…く、苦しい。…スイッチを、と、止めろ」 「はぁー、助かった」 「はぁはぁ、空気まで吸い込み過ぎだろ。死んじまうよ。ん? これ、よさそうだ」 「ああ、それはいいですよ。9,800円です」 「いいね。それにしようか」 「はい、あり

【1000文字小説】事務所を借りに行く

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「事務所用の物件を探してるんだけど…」 「はい、お任せ下さい。どんな条件をお望みですか」 「うーんとねえ、あんまり広くなくて、大体10坪くらいでいいんだけど、駅の近くがいいね。1階で。それと駐車場が欲しいな。1台でいいから。家賃は10万円くらい」 「はい、調べてみますね。…これはどうです、東京ドーム3個分の広さです」 「おい、でかいな。10坪でいいんだよ」 「し、失礼しました。10坪、10坪…」 「しっかりしてくれよ、まったく」 「これはいかがですか。東京ドーム5個分の広さです」 「おい、増えてるよ。10坪でいいんだよ。そんなの家賃10万円じゃ絶対無理だろ」 「失礼しました。…これはどうでしょう。駅から車で5時間。東京ドーム10個分の広さです。30階建てビルの最上階です。周りには何にも無い静かなところです」 「もう全然条件と違うな」 「あ、すいません。駐車場がありませんでした」 「そんな場所なら駐車場ぐらいありそうだけどな」 「これはいいですよ。駅前10坪駐車場付き」 「いいね。家賃は?」 「家賃10万円ですが、管理費がちょっと…」 「管理費って、どれくらい」 「50万円になります」 「50万円って、随分高いな」 「タモリが管理してますから」 「タモリ? 何でタモリなんだよ。昼間管理出来ないだろ。それに高すぎるよ。普通の管理人でいいよ」 「そうですか…。これはどうでしょう。駅前10坪駐車場付き。家賃10万円」 「おお、いいね」 「1階ではないんですが…」 「ふうん、1階じゃないのか。で、何階?」 「地下80階です」 「地下80階? 何でそんな所にあるんだよ。セントラルドグマか」 「エレベーターが無くて階段です」 「体力つきそうだな」 「健康にいいですよ」 「借りないけどな」 「これはどうですか。駅前で、ちょうど10坪。1階です。駐車場もあります。家賃も条件ピッタリの10万円」 「ああ、いいね」 「じゃあご案内します」 「ここか」 「今鍵を開けますね。どうぞ」 「いいね。ん? なんだ、この床の人型のチョークの跡は…」 「あ、それは…、気にしないで下さい」 「なに足で消してんだよ。気になるなあ。あ、こっち

【1000文字小説】二人で乗った自転車

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瑞希はいつもとほとんど同じ午後九時過ぎ、アパートに帰り着いた。一階の角部屋だった。見た事の無い隣の住人はまだ帰って来てないようだった。 バッグから鍵を取り出しドアノブの鍵穴に差し込んだ。鍵を回しカチャリという音を聞いた後鍵を引き抜いた。 その時ふと止めてあった自転車に目をやった。いつもは気にならない放ったらかしの自転車だったが、何かが違うという違和感を無意識に感じ取っていたのかもしれない。 瑞希の自転車は半年前からパンクしていた。 半年前、瑞希には恋人がいた。光洋という名前で、瑞希より二つ年上の二十八歳だった。 光洋は瑞希が毎朝寄っていたファーストフード店の店長だった。瑞希は毎朝ホットコーヒーを頼んだが、いつの間にかお互い顔を覚えた。 「いつものホットコーヒーですね」「はい」という会話から、「職場は近くですか」とか「今度一緒に飲みに行きましょう」とかいうように話は進んでいった。 光洋が最後に瑞希のアパートに来た時、この自転車に乗った。近所のコンビニに行く時に乗って行ったのだ。 光洋が運転して、瑞希が後ろに座った。二人乗りには慣れていないのかふらふらした運転だった。でもその不安定さも楽しかった。 車道から歩道へ移り変わる段差で、後輪がパンクしてしまった。走っているうちに地面の振動が直に伝わり、降りて確認してみると空気が抜けていた。自転車を押してコンビニに行き、そのまま押して帰って来た。それ以来パンクしたままだった。 自転車屋まで持って行くのは面倒だったし、出かけるときはたいてい自動車だったし、パンクを直してくれる新しい恋人も現れなかった。その自転車なのだが…。 パンクが直っている。瑞希は親指と人さし指で後輪を挟んで締め付けた。ぱんぱんに空気がつまっていた。 誰が直してくれたのだろう。自然治癒力? いやいや、自転車が勝手に直る訳が無い。光洋が直してくれたのだろうか。彼は転勤して引っ越したはずだった。もうこの町にはいない。ストーカーがいるのだろうか。気味が悪い。パンクした自転車を勝手に直したりする人は、親切な人とは思えず、ちょっと怖い。 それでも瑞希は自転車に乗ってみようと思った。前輪も空気は抜けていない。サドルにまたがる。半年ぶりに乗る自転車だった。最後に乗ったのは二人だったが、今日は一人で乗っている。ペダルを

【1000文字小説】コンビニで出会う

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新二が店に入ると「いらっしゃいませ」とレジの男から声がかかった。聞いた声だなと思って見ると兄の光一だった。目があった。光一は、最近家では滅多に見せなくなった笑顔をすぐさま消して怒ったような顔になった。 市の中心部で行われていた祭りのパレードを友達と見に行った帰りだった。途中で友達と別れ、一人自転車を漕いでいた新二は空いた腹を満たす為、目にとまったコンビニにパンでも買おうかと寄ったのだった。 新二は一番安い五十円のチョコパンとジャムパンと七十円の牛乳を手に取るとカウンターに向かった。光一は黙ってその様子を見ていたが、新二がレジまでやってくると「いらっしゃいませ」と明るく言った。顔は全然明るくなかった。光一は商品を受け取ると一個一個スキャナーに当てながら「五十円がおひとつ、五十円がおひとつ、七十円がおひとつ」と明るく言った。顔は全然明るくなかった。「合計で百七十八円になります」と明るく言った。顔は全然明るくなかった。 新二は財布から一万円札を取り出すと「はい、これで」と言いながら光一に渡した。一万円札を受け取りながら光一は「どうしてこんな大金持ってるんだよ」と明るくない声で言った。 「早くお釣りちょうだい」 光一はむっとした表情で五千円札一枚と千円札四枚を数えながら、その後八百二十二円をレシートと一緒に渡した。それから小さい声で、「ここで働いている事、母さんには言うなよ」と言った。 「じゃ、口止め料ちょうだい」 「なにぃ」 「喋っちゃうよ」 この野郎という顔をして光一は新二を睨み付けた。睨み付けたがレジから「ほらよ」と言って千円札を渡した。レジのお金はまずいんじゃないかなと新二は思ったが、後で自分で穴埋めするのだろう。光一は新二が足りないよとでも言うと思ったようだが、新二は案外と素直に千円札を受け取り店を出た。 新二はコンビニの前で座り込み、時折店の中の光一の様子を伺いながらパンを食べ牛乳を飲んだ。光一は案外真面目に仕事をしている様子だった。窓ガラスに『パート・アルバイト募集』というポスターが貼られている。時給七百五十円〜となっていた。光一はこのポスターを見てアルバイトを始めたのだろうか。 時給七百五十円。八時間働いても六千円。おばあちゃんからならあっという間に一万円が貰える。大人になるということは自分でお金を稼ぐとい

【1000文字小説】電柱を見つめていた犬

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自転車で家に帰る途中、高明は一匹の白い犬が、じっと電柱を見つめているのに気がついた。自転車を漕ぐのを止め、足で地面を蹴りながら、ゆっくりとその犬に近づいていった。茶色の首輪がついている。野良犬ではなさそうだ。どこからか逃げ出して来たのだろうか。 「おいで」と犬を呼んだが、近づいてくる高明に気がつくと、またたく間に走り去ってしまった。 高明は軽く舌打ちをしながら、犬が見上げていた電柱を見た。電柱には手書きされた張り紙が張られていた。 『犬を探しています。名前、タロウ。オス、五歳。見つけてくれた方には謝礼を差し上げます。連絡先××××』 そして犬の写真が貼ってあった。飼い主だろう、優しい顔立ちのお婆さんと並んで写っていた。その犬は、張り紙を見ていた犬そっくりだった。 張り紙は真新しく、つい最近張られたようだった。 あの犬は、自分の事が書かれたこの張り紙を見ていたのだろうか。自分の事だと思いながら。それとも飼い主の匂いがこの張り紙についていたのか。 高明は周囲を見渡してタロウを探すと、遠くに去っていく姿が小さく見えた。高明は「タロー」と名前を呼んだが、聞こえないのか見向きもしなかった。 高明は自転車でタロウを追いかけた。タロウは犬らしい俊敏さで突然道路を横切ったり、急に走り出したりと、高明は何度も見失いそうになった。 捕まえて、届けてあげようと思った。謝礼を貰おうというのではなかった。飼い主のおばあさんの顔が印象に残っていた。そのおばあさんが悲しんでいると考えると、是非とも捕まえて連れていきたかった。 いつのまにか、何もない空き地にタロウはいた。クーンクーンと鳴きながら歩き回っている。空き地の隣の家に、買い物袋をぶらさげた女性が帰ってきた。隣の空き地で歩き回っている白い犬を見つけると「あら、タロウじゃない」と驚いた声で言った。 「知ってるんですか?」 高明は、貼り紙を見ていたタロウを追ってここまで追ってきた事を告げた。 「ここは半年ほど前までお年寄りが一人で住んでいたけど、火事で焼け死んじゃって。タロウはその人に飼われてたのよ。今までどこに行ってたのかしら」 主婦は思案げな表情をして小首を傾げた。 「それにしてもその張り紙、誰が張ったのかしらね。一人暮らしで身寄りがなかったはずだけど」 二人が少し

【1000文字小説】定期券を拾う

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三時間目の休み時間に克明は、目の前を早足で駆けていった女の子が定期入れを落としたのに気がついた。顔だけは知っている。最近転校してきた隣のクラスの女の子だ。 克明が拾っている間に、気づかず行ってしまった。すぐに始業のチャイムが鳴ったので、克明は定期入れを渡せないまま教室に入った。席に着いてから拾った定期入れの定期券を見る。 あの女の子の名前だろうか、鈴宮麻子、と書かれている。 そして駅名だろうか。 『符嶺亜輝洲⇔庵怒路米太』 この辺の地名ではない。全然読めないし、聞いた事も無い。 教師が入ってきたので当番は「起立」の号令をかける。立ち上がった克明は定期入れをポケットにしまった。 克明は教科書とノートを開き、シャープペンを取り出してノックしていると、不意に教師の声が聞こえなくなった。顔を上げると、周囲が見知らぬものに変わっている。 そこは、汽車の中だった。四人がけの椅子にひとりで座っていた。軽い振動が体に伝わる。窓の外の景色は真っ暗で何も見えない。周囲を見渡した。乗客は克明一人だけのようだった。 どういう事だ? たった今まで教室で授業を受けていたはずなのに、何だって汽車になんか乗っているんだ……。 呆然としていると、突然車両のドアが開いた。 「切符を拝見します」 車掌が入ってくる。身長二メートルはある、鍛え上げられて体格の、まるでプロレスラーのような男だった。凶悪犯のような形相が恐ろしい。たった一人の乗客を見つけた車掌は、克明のもとへつかつかと歩みよってくる。 「切符を拝見」 「え? 切符……」 「何かね」 車掌の好戦的な目が克明を睨み付けた。その目は、切符が無いなんて言ったら、ここから放り出してやるぞ、と言っているように思えた。 「こ、これかな」 克明は拾った定期入れを恐る恐る差し出した。 「何だ、定期券を持ってるじゃないか」 克明はほっとした。こんなところで放り出されたら帰れなくなるかもしれない。かといって、乗っていてもどこに着くのかわからないのだが。 「ん?」 車掌の表情が硬くなった。 「お前の名は何ていうんだ? ここには鈴宮麻子と書かれているが、お前は男じゃないか」 鬼のような形相に変わった車掌は言うが早いか克明を片手で軽々と持ち上げた。窓を開けると車外へ放り

【1000文字小説】本屋で

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伊東は会社からの帰りだった。地下鉄から吐き出された人込みに混じって、伊東はアパートを目指して歩きはじめたが、途中で足が止まった。引き返して駅前にある本屋へと向かった。最近は本屋へ行っていなかったので、寄ってみようと思い直したのだ。 市内で二番目に大きいその本屋には、会社帰りのサラリーマンやOL、大学生や高校生で賑わっていた。以前は午後八時に閉店していたのだが、客数の増加を見込んで午後十二時まで時間を延ばしていた。どうやらそれは成功しているようだ。 伊東は雑誌のコーナーから文庫本のコーナーへ向かった。いつも思うのだが、マンガや雑誌と同じように文庫本を熱心に立ち読みしている客がいるのが不思議だった。文庫のような活字だらけの本を立ったままずっと読んでいるなんて考えられなかった。買ってゆっくり家で読めばいいのにと思う。 学校の帰りだろうか、ブレザー姿の小柄な女子高生がいた。手に持ったバッグにゆっくりと文庫本を入れていた。緊張した面持ちもない平然とした表情だった。 女子高生が伊東を見た。目があった。女子高生は驚くかと思ったがにっこりと微笑んだ。 「見たでしょう」 「……見た」 伊東は答えた。面倒な事になると伊東は思った。何も見ていないと言えばよかったと後悔した。俺は何も見ていない、何も見ていない、何も見ていない……。しかし見たと言った。見たと言ってしまったのだ。 伊東は考える。女子高生は次に何て言うだろう。誰にも言わないでね、か。黙っていてね、か。言ったらただではおかないわよ、か。 女子高生は近づいて来て「忘れてね」と言った。 忘れてね、か。忘れてやる代わりに俺とつき合え。学校に知られたら困るだろう。親はどう思うか。だがそんな言葉は言えない。 忘れてね、忘れてね、忘れてね。伊東は女子高生の言葉を頭の中で繰り返した。そうだな。忘れればいいのだ。だが忘れられる訳がないだろう。店員が来ればいいと思ったが間抜けな店員達は商品が持っていかれるというのに誰も来ない。 伊東はその場を離れた。後ろを振り返ると女子高生はのんびりと本を眺めている。もう一、二冊手に入れようと思っているのか。伊東が店員に言いつけるなんて思ってもいないのか。 アパートに帰り着いた伊東は疲れていた。自分が何かしたわけではない。それでも疲れていた。ふとカバンを開

【1000文字小説】夢の売り場で

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ムラタは散歩がてら歩いて二十分程度の宝くじ売り場まで出かけた。つい最近まで猛暑だ熱中症だと騒がれていた気がするが、いつの間にか十一月になり街路樹の葉もほとんどが色づいている。歩道に落ちた落ち葉を踏みしめながら歩いていると、秋も深まっているんだなあと実感出来た。 商業施設の一角にある宝くじ売り場には並んでいる人は見えない。ムラタはポケットからこれまで買った宝くじ二百枚ほどを差し出した。年末ジャンボ、ドリームジャンボ、サマージャンボ、買っただけで当選番号を確認していなかった宝くじだ。 「これ、当たってる?」 「はい、少々お待ち下さいね」 四十ぐらいの宝くじ販売員はムラタから受け取った宝くじを機械の照合機にかけた。ん?という表情をした販売員はその後目を見開いて大きく口を開いた。 「これ、一等が当たってますよ」 「え? ホント?」 当たったのだ。ムラタは一瞬で人生が変わった気がした。これからは働かなくたっていいんだ。アパート暮らしは止めてマンションを買おう。二十年乗っている車も買い替えよう、世界一周旅行もいいなあ…。次から次へと出て来る妄想は、販売員の大声にかき消された。 「大当たりー!! 一等四億円大当たりー!! 」 販売員は鐘を取り出し、カランカランと力の限り振り始めた。顔を真っ赤にして声を出している。 「こ、声が大きいよ。声が」 大声を出す販売員にムラタは慌てた。ムラタの声を無視して販売員は大声で続けた。ハワイ旅行や温泉旅行が当たったのとは訳が違うのだ。周囲の人間にバレてしまうではないか。 「一等見事に大当たりーーー!! おめでとうございます!!」 「ち、ちょっと声が大きいよ。もうちょっと小さい声で…」 いつの間にか後ろに並んでいた買い物帰りらしい主婦が小声で「おめでとうございます」とムラタに声をかけた。 あちこちから視線を感じる。ムラタは周囲を見渡す。その中の一人は見覚えがある。近所の人だ。言いふらされるだろうか。あの人が四億円当たったのよ…。 「ここには四億円ありませんから、四億円は銀行の方へどうぞー」 販売員から大声で説明され、当たりくじを受け取ったムラタはそそくさと売り場を後にした。 これから銀行へ行こうか。ムラタは後ろを振り返った。つけられている気がする。俺が持っている当たりくじを

【1000文字小説】よくわからない道を歩いている

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いつの間にか直樹は商店街にいた。書店、八百屋、魚屋、衣料品店…、間口の狭い店舗が並んでいる。買い物客で賑やかだが、この道に覚えはなかった。 内気な直樹は、迷子になった事が恥ずかしく人に道を聞けなかった。帰宅中の同じ歳くらいの子に会うと、逃げるように道をそれた。迷子になった事を知られたくなかった。 鳩が街の上空を群れをなし飛んでいった。空は鉄錆び色の夕焼けに彩られていた。やがて薄明から夜がやってくる。 「直樹君」 心細さが増してきたとき、不意に後ろから声をかけられた。振り向くと、瞳の大きな色白の少女が立っていた。直樹の怪訝そうな表情に少女は「同じクラスの理奈よ」と名乗った。 こんな子、いたかなあと直樹は思ったが、転校してきたばかりだったから、クラスメイト全員を覚えていないので、そう言われればそうかなあ、と納得するしかなかった。 「直樹君の家、この辺?」 「え、いや、僕、迷子なんだ」 どういうわけか素直に言えた。 「ふうん、迷子なの」 直樹に同情したのか、理奈は一緒に家を探してくれた。が、なかなか見つからない。直樹は引っ越して来たばかりの新しい住所も電話番号もわからない。 「仕方ないわね」 あちらこちらを無駄に歩き回った後、理奈は決意を秘めた声で言った。 「ちょっと目をつむって」 理奈の言葉には人を従わせる力が備わっているかのように、言われるままに直樹は目を閉じた。 「自分ちを思い出して。できるだけはっきりと」 直樹は言われた通り家の様子を思い浮かべた。濃い赤の屋根、まだ開けてない段ボール箱の置かれた茶の間、広くなった二階の自分の部屋。心配そうな母の顔。 「いい? できた?」 直樹は突然、体が宙に浮いたような上昇感に襲われた。自分の心と体が、途方もない遠いところに運ばれたかのような気がした。 「目を開けていいわよ」 理奈の声がどこか遠くの方から聞こえ、直樹はゆっくりと目を開けた。目指す家が目の前にあった。門の前に立っていたのだ。 どういう事だ? しかし、理奈の姿がなかった。周囲を見渡すがどこにも見えなかった。一人でさっさと帰ってしまったのだろうか。 翌日、教室に入った直樹はすぐに理奈を探したが、同じクラスの生徒ではなかった。クラスメイトに聞いたが、このクラスは勿論、他のク