【1000文字小説】二人で乗った自転車



瑞希はいつもとほとんど同じ午後九時過ぎ、アパートに帰り着いた。一階の角部屋だった。見た事の無い隣の住人はまだ帰って来てないようだった。

バッグから鍵を取り出しドアノブの鍵穴に差し込んだ。鍵を回しカチャリという音を聞いた後鍵を引き抜いた。

その時ふと止めてあった自転車に目をやった。いつもは気にならない放ったらかしの自転車だったが、何かが違うという違和感を無意識に感じ取っていたのかもしれない。

瑞希の自転車は半年前からパンクしていた。

半年前、瑞希には恋人がいた。光洋という名前で、瑞希より二つ年上の二十八歳だった。

光洋は瑞希が毎朝寄っていたファーストフード店の店長だった。瑞希は毎朝ホットコーヒーを頼んだが、いつの間にかお互い顔を覚えた。

「いつものホットコーヒーですね」「はい」という会話から、「職場は近くですか」とか「今度一緒に飲みに行きましょう」とかいうように話は進んでいった。

光洋が最後に瑞希のアパートに来た時、この自転車に乗った。近所のコンビニに行く時に乗って行ったのだ。

光洋が運転して、瑞希が後ろに座った。二人乗りには慣れていないのかふらふらした運転だった。でもその不安定さも楽しかった。

車道から歩道へ移り変わる段差で、後輪がパンクしてしまった。走っているうちに地面の振動が直に伝わり、降りて確認してみると空気が抜けていた。自転車を押してコンビニに行き、そのまま押して帰って来た。それ以来パンクしたままだった。

自転車屋まで持って行くのは面倒だったし、出かけるときはたいてい自動車だったし、パンクを直してくれる新しい恋人も現れなかった。その自転車なのだが…。

パンクが直っている。瑞希は親指と人さし指で後輪を挟んで締め付けた。ぱんぱんに空気がつまっていた。

誰が直してくれたのだろう。自然治癒力? いやいや、自転車が勝手に直る訳が無い。光洋が直してくれたのだろうか。彼は転勤して引っ越したはずだった。もうこの町にはいない。ストーカーがいるのだろうか。気味が悪い。パンクした自転車を勝手に直したりする人は、親切な人とは思えず、ちょっと怖い。

それでも瑞希は自転車に乗ってみようと思った。前輪も空気は抜けていない。サドルにまたがる。半年ぶりに乗る自転車だった。最後に乗ったのは二人だったが、今日は一人で乗っている。ペダルを力強く漕いだ。風を感じる。スピードを上げる為更に踏み込んだ。自転車はスピードをあげた。

(了)

50本目の作品です。かわいい作品たちは何か似たようなパターンばかりになってきたような…。


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