このブログを検索

2013/11/09

【1000文字小説】電柱を見つめていた犬



自転車で家に帰る途中、高明は一匹の白い犬が、じっと電柱を見つめているのに気がついた。自転車を漕ぐのを止め、足で地面を蹴りながら、ゆっくりとその犬に近づいていった。茶色の首輪がついている。野良犬ではなさそうだ。どこからか逃げ出して来たのだろうか。

「おいで」と犬を呼んだが、近づいてくる高明に気がつくと、またたく間に走り去ってしまった。

高明は軽く舌打ちをしながら、犬が見上げていた電柱を見た。電柱には手書きされた張り紙が張られていた。

『犬を探しています。名前、タロウ。オス、五歳。見つけてくれた方には謝礼を差し上げます。連絡先××××』

そして犬の写真が貼ってあった。飼い主だろう、優しい顔立ちのお婆さんと並んで写っていた。その犬は、張り紙を見ていた犬そっくりだった。

張り紙は真新しく、つい最近張られたようだった。

あの犬は、自分の事が書かれたこの張り紙を見ていたのだろうか。自分の事だと思いながら。それとも飼い主の匂いがこの張り紙についていたのか。

高明は周囲を見渡してタロウを探すと、遠くに去っていく姿が小さく見えた。高明は「タロー」と名前を呼んだが、聞こえないのか見向きもしなかった。

高明は自転車でタロウを追いかけた。タロウは犬らしい俊敏さで突然道路を横切ったり、急に走り出したりと、高明は何度も見失いそうになった。

捕まえて、届けてあげようと思った。謝礼を貰おうというのではなかった。飼い主のおばあさんの顔が印象に残っていた。そのおばあさんが悲しんでいると考えると、是非とも捕まえて連れていきたかった。

いつのまにか、何もない空き地にタロウはいた。クーンクーンと鳴きながら歩き回っている。空き地の隣の家に、買い物袋をぶらさげた女性が帰ってきた。隣の空き地で歩き回っている白い犬を見つけると「あら、タロウじゃない」と驚いた声で言った。

「知ってるんですか?」

高明は、貼り紙を見ていたタロウを追ってここまで追ってきた事を告げた。

「ここは半年ほど前までお年寄りが一人で住んでいたけど、火事で焼け死んじゃって。タロウはその人に飼われてたのよ。今までどこに行ってたのかしら」

主婦は思案げな表情をして小首を傾げた。

「それにしてもその張り紙、誰が張ったのかしらね。一人暮らしで身寄りがなかったはずだけど」

二人が少しの間目を離した隙に、タロウはどこにいったのか、姿が見えなくなった。もう一度張り紙を見に行ったのかもしれない。

(了)

早川書房発行SFマガジンのショートショート募集コーナー「リーダーズ・ストーリイ」が終了しました。大分長い間続いていたコーナーですが、終わってしまうのは残念です。


〈1000文字小説・目次〉