【1000文字小説】よくわからない道を歩いている



いつの間にか直樹は商店街にいた。書店、八百屋、魚屋、衣料品店…、間口の狭い店舗が並んでいる。買い物客で賑やかだが、この道に覚えはなかった。

内気な直樹は、迷子になった事が恥ずかしく人に道を聞けなかった。帰宅中の同じ歳くらいの子に会うと、逃げるように道をそれた。迷子になった事を知られたくなかった。

鳩が街の上空を群れをなし飛んでいった。空は鉄錆び色の夕焼けに彩られていた。やがて薄明から夜がやってくる。

「直樹君」

心細さが増してきたとき、不意に後ろから声をかけられた。振り向くと、瞳の大きな色白の少女が立っていた。直樹の怪訝そうな表情に少女は「同じクラスの理奈よ」と名乗った。

こんな子、いたかなあと直樹は思ったが、転校してきたばかりだったから、クラスメイト全員を覚えていないので、そう言われればそうかなあ、と納得するしかなかった。

「直樹君の家、この辺?」

「え、いや、僕、迷子なんだ」

どういうわけか素直に言えた。

「ふうん、迷子なの」

直樹に同情したのか、理奈は一緒に家を探してくれた。が、なかなか見つからない。直樹は引っ越して来たばかりの新しい住所も電話番号もわからない。

「仕方ないわね」

あちらこちらを無駄に歩き回った後、理奈は決意を秘めた声で言った。

「ちょっと目をつむって」

理奈の言葉には人を従わせる力が備わっているかのように、言われるままに直樹は目を閉じた。

「自分ちを思い出して。できるだけはっきりと」

直樹は言われた通り家の様子を思い浮かべた。濃い赤の屋根、まだ開けてない段ボール箱の置かれた茶の間、広くなった二階の自分の部屋。心配そうな母の顔。

「いい? できた?」

直樹は突然、体が宙に浮いたような上昇感に襲われた。自分の心と体が、途方もない遠いところに運ばれたかのような気がした。

「目を開けていいわよ」

理奈の声がどこか遠くの方から聞こえ、直樹はゆっくりと目を開けた。目指す家が目の前にあった。門の前に立っていたのだ。

どういう事だ?

しかし、理奈の姿がなかった。周囲を見渡すがどこにも見えなかった。一人でさっさと帰ってしまったのだろうか。

翌日、教室に入った直樹はすぐに理奈を探したが、同じクラスの生徒ではなかった。クラスメイトに聞いたが、このクラスは勿論、他のクラスにもそんな生徒はいないと言われた。学校中どこを探してもいなかった。

直樹は、迷子になればまた会える気がしたが、それから迷子になった事はなかった。

(了)

今日から11月です。早いものです。来月は12月です。早いものです。


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