上天気の秋の道。娘は道端や人様の小庭に生息している草花をぶちぶちと千切っては私の元に持ってきて、無邪気な顔をして「これなあに?」と名を尋ねてくる。「知らぬ」と答えれば当然娘は子供特有の無遠慮さで軽蔑の眼差しを私に向け、父親の権威は地に落ちるであろうことは容易に推察される。であるから、たんぽぽとねこじゃらしくらいしか知らない私は、その形状、色、匂い、連想されるもの等から適当に命名しそれを答える。
「センコウハナビミタイダソウ」
「つぶつぶオレンジグサ」
「モバイルグリーン」
「バイオキイロモドキ」
娘は口の中でぶつぶつ繰り返し、懸命に覚えようとしている。健気なものである。しかし、どうせ娘は一晩眠れば私が教えた草の名などすっかり忘れてしまうに違いないのである。なんていっても私の娘であるから。私には三歳の頃の記憶なんてまったくない。だから私は平気で出鱈目を言えるのである。父親の尊厳を失わず、逆にへーお父さんって何でも知ってるんだという賞賛すら勝ち取ることが出来るのである。もうこれは立派な完全犯罪である。
だが、なかなか飽きずに次から次へと草花を持ってくる娘に対し、段々面倒になってきた私は尊厳を勝ち取るという意気込みが減退し、それに比して
「ファイティングバーミリオン」
「ラッタッタ三世」
「ヒー」
「ケ」
と答弁する草の名が徐々に短く、且ついい加減になってしまったことは仕方のないことであろう。三歳の娘の好奇心と三十三歳の父親の無責任。
翌日。同時刻。娘が散歩に行こうとせがみ、秋の空の下出発する。娘は昨日同様草花を千切っては私の元に持ってきて、「バイオキイロモドキ」とか「モバイルグリーン」とか「ヒー」とか言っている。自慢げな娘の笑顔に反し私は顔面蒼白。胸が早鐘を打つ。妻の遺伝子の成果であろうか。昨日言ったような覚えのある名前をすらすらと言う娘は妻の子でもあったのだ。
失業保険が下りたら植物図鑑を買いに走ろう。秋風立つ前に。給付まであと五日。
(1998/10/16/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:997)
リンク
〈1000文字小説・目次〉