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2019/03/15

【1000文字小説】私は仕方なく正直に

 妻の大事にしていたセキセイインコのぴーちゃんを踏んづけて死なせてしまった。妻の留守中ぴーちゃんの世話を頼まれた私は、ぴーちゃんを鳥かごから出して部屋の中で遊ばせてやり、その間私は鳥かごの下に溜まった糞を洗い流してやっていた。無事洗い終え、「ぴーちゃん、おうちが奇麗になったよ」と猫なで声で私が部屋に戻るとぴーちゃんの姿が見えない。おや、いずこと捜しているうちにいつのまにか私の足の下にいたのだった。
 私はぴーちゃんが鳥であるという事実から高いところにいるはずだと思いこんで、箪笥の上とか食器棚の上とかテレビの上とかテーブルの上とか自分の肩の上とかを捜していたのだが、あろうことかぴーちゃんは鳥のくせに私の足元をのそのそと歩き回っていたのである。この場合ぴーちゃんにも過失があったと思うがもはや死人に口なし。生きていてもしゃべれないが。ぴーちゃんの下の世話までするいい奴なのに、妻は激昂、私を極悪人と決めつけ、実家に帰ってしまうに違いない。その最悪の事態だけは何としても回避せねばならぬ。
 方策を立てる。ぴーちゃんが逃げてしまったということにしたらどうであろうか。踏んづけた、と言うよりは夢があるし、死亡と行方不明とでは雲泥の差。そうだ。ぴーちゃんは飛び去ったのだ。大空へ、インコだてらに自由と平等と博愛を求めて。私は窓から外を見る。鰮雲が広がる秋の虚空。
 ぴーちゃん探しに行った振りをしてパチンコ店で時間を潰していた私が帰宅すると妻が戻っていて、
「……あなた、ぴーちゃん、死んじゃったのね」といきなり核心を突いてきた。
「い、いや。逃げ出してしまってね。私は今まで捜していたんだよ。二万円負けたが。だけど、どこにもいなかった」
「うそ。庭にぴーちゃんのお墓があったわ」
「うっ」心根の優しい私はぴーちゃんの亡骸を庭に埋葬し線香と花を供え墓を作った。だがそれは猫の額ほどの我が屋の庭ではあまりにも目立ちすぎたのである。空の鳥かご+突然現出した墓=ぴーちゃんの死、という結論を導き出した目の潤む愛妻。
 窮鼠の私は真実を告白する。正直者の秋。私はおののきながら、「じ、実家に帰ったりはしないだろうね」
 妻は怪訝な顔で「……実家? 帰らないわよ」と言う。
 それを聞いて私はほっと安堵する。ならばよし。妻よ、我に罵詈雑言を浴びせよ。甘んじて受けよう。それらはすべてぴーちゃんへの手向けの言葉。小心者の秋。

(1998/10/16/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:996)



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