昭和47年のテレビヒーロー
昭和47年は第2次怪獣ブームの真っ最中。
ブームの主役の『仮面ライダー』は翌年の昭和48年まで続き、『帰ってきたウルトラマン』は『ウルトラマンエース』にバトンタッチだ。
そこに新たなヒーローがドンドン加わってきた。
みんな2匹目のドジョウどころか3匹目、4匹目を狙って張り切ってたのだ。
怪傑ライオン丸
昭和47年4月1日〜昭和48年4月7日放送
第2次怪獣ブームのスタートとなったピープロ『スペクトルマン』の後番組。
ピープロはスペクトルセブンや帰ってきたスペクトルマンのような特撮巨大ヒーロー物を作らずに、時代劇を選んだ。
それが『怪傑ライオン丸』だ。
中々の人気で、後番組で『風雲ライオン丸』も作られた。
ライオンというと百獣の王と言われるくらいに強さの象徴。
変身前でも獅子丸でやはり強そうだ。
超人バロム・1
昭和47年4月2日〜11月26日放送
ゴルゴ13でおなじみのさいとうたかおのマンガ『バロムワン』をテレビドラマ化したのが『超人バロム・1』。
マンガだとバロムワンは普通の人間の顔をしているが、テレビだとキチンと(?)ヒーローの顔をしている。
テレビを見てからマンガを読むと、なんだマスクを忘れたのかと思ってしまうな。
同時期のウルトラマンエースは男女の合体ヒーローだが、バロム・1は男の子二人が合体する。
仮面ライダーだと子供は少年仮面ライダー隊としてライダーのサポートでしかないが、バロム・1は子供が変身するヒーローなのだ。
レッドマン
昭和47年4月24日〜昭和48年10月3日放送
特にストーリーはなく怪獣が出てきてレッドマンと戦う5分番組。
ウルトラファイトみたいだが実況中継はなく、淡々とレッドマンと怪獣が戦う。
ウルトラマンやミラーマンの世界とは特に繋がりはなさそうだが、円谷プロ製作なので怪獣達はミラーマンやウルトラマン、ウルトラセブンや帰ってきたウルトラマンのツブラヤ怪獣達だ。
ウルトラマンA
昭和47年4月7日〜昭和48年3月30日放送
当時買っていた小学館ブックでは登場時、ウルトラエースと呼ばれていた。
ウルトラセブンはよく間違われるがウルトラマンセブンではない。
ウルトラの後に名前。
なのでウルトラエースというネーミングは自然の流れだ。
それが放送が始まるとウルトラマンエースになっている。
名前が変わった?
私の頭にはウルトラエースでインプットされたので、ウルトラマンエースに書き換えるのには時間がかかった。
ウィキペディアによれば商標の問題だという。
もしウルトラエースでOKだったら、タロウもレオもそれぞれウルトラタロウ、ウルトラレオになっていたかもしれない。
変身忍者嵐
昭和47年4月7日〜昭和48年2月23日放送
キー局ではウルトラマンエースの裏番組だそうだが、コチラでは日曜日の午前中に放送していた。
関連する記事→変身忍者嵐と超人バロム・1
トリプルファイター
昭和47年7月3日〜昭和48年12月29日放送
ウルトラマンエースは男と女が、バロム・1は男の子二人が合体して一人になるが、トリプルファイターはそれを上回る3兄妹が合体して一人になる。
そもそも、合体する前にそれぞれがグリーンファイター、レッドファイター、オレンジファイターに変身している。
みんなスカートみたいなのをはいていて、カッコいいと思えなかったな。
そこから更に合体してトリプルファイターになるのだ。
月曜日から金曜日まで毎日放送していた。
時間は5分ぐらいで、月曜に事件が発生、金曜日にトリプルファイターが登場して解決する。
人造人間キカイダー
昭和47年7月8日〜昭和48年5月5日放送
当時買っていた小学一年生の予告ではキカイダーではなく『ゼロダイバー』だった。
ウィキペディアによれば、『作品タイトルは、一度は『人造人間ゼロダイバー』に決定し、このタイトルで児童誌などに告知されたが、テレビ局側から視聴率0にダイブするように連想させるという反対意見が出たため、石森の発案による『人造人間キカイダー』に変更された。』という事だ。
ウルトラエースとは違い、キカイダーにそれほど違和感はなかった。
ゼロダイバーは、これから始まるよみたいな紹介しかなかったからだ。
サンダーマスク
昭和47年10月3日〜昭和48年3月27日放送
小学校の時、隣のクラスの担任の名がヤマダマスコだった。
私は心の中でサンダーマスコと読んでいた。
もちろんサンダーマスクを意識しての事だ。
手塚治虫がマンガを描いているので読んだ事があるが、テレビとはまったく別の作品。
サンダーマスクは出てくるが、手塚治虫本人も出てくる変わった作品だ。
『サンダーマスク』はレーザーディスクにもなってないしDVD化もされてない。
ウィキペディアによれば、『テレビ版はひろみプロ・東洋エージェンシー(現:創通)の両社が連名クレジットされているにもかかわらず、放送終了後には東洋社員が制作会社を訪れ、一方的な形でマスターを引き上げた。地上波では1994年3月27日、中京テレビ『今甦る!昭和ヒーロー列伝』で抜粋した3話分を放送したのを最後に、「マスターは状態が悪い」、「ネガならある」、「すべて存在しない」と創通側の説明が二転三転。本作の権利が分散し、各会社の権利と利害が発生することも含め、現段階で創通のみの判断では再放送やソフト化して市場に流通販売できない、いわゆる封印作品と化している。』との事だ。
愛の戦士レインボーマン
昭和47年10月6日〜昭和48年9月28日放送
レインボーマンはレインボーの名のごとく、一人で七通りに変化できるヒーロー。
愛の戦士かどうかは知らない。
月曜日から日曜日みたいに、月の化身、火の化身、水の化身、木の化身、金の化身、土の化身、そして太陽の化身に変身する。
太陽の化身は安息日で休みではなく、一番出番が多かった。
敵が世界征服とかじゃなくて、日本人の抹殺を目的とする死ね死ね団。
スゴいネーミングだし目的だ。
突撃!ヒューマン!!
昭和47年10月7日〜12月30日放送
昭和47年10月7日午後7時から『ど根性ガエル』が始まった。
平面ガエルのピョン吉やシャツの持ち主のヒロシは元気一杯で明るいアニメ、人気になり2年ほど続く事になる。
再放送も何度もやったな。
午後7時半、『突撃!ヒューマン!!』も始まった。
コチラは残念ながら、たったの13回で終了する事になった。
再放送もなかったし、レーザーディスクやDVDも出なかった。
もう一度見たいものだな。
他の記事へ→突撃! ヒューマン!!は13回で!!!
アイアンキング
昭和47年10月8日〜昭和48年4月8日放送
テレビが一家に一台の時代、見たい番組が重なるとチャンネル争いが勃発した。
日曜の夜7時、ライバル番組が多そうだが『アイアンキング』は見続けていた。
それがアイアンキングの最終回間近、裏番組でドラえもんが始まった。
3つ上の姉はドラえもんを見たいと言い出し、私はアイアンキングを見続けたい、その妥協案として15分ずつ見る事になった。
で、アイアンキングの最終回。
前半を見るか後半を見るかで迷ったのだが、最後なので後半を見る事にした。
でも前半は先週からの続きで、敵に操られたアイアンキングが暴れ回ってる最中に「翌週に続く」となったのだ。
26話が放送されないで、ウルトラマンが暴れて終了みたいな都市伝説にもなったようだが、放送されていても見れない場合も多かったのだろうな。
ワイルド7
昭和47年10月9日〜昭和47年3月26日放送
ワイルド7のメンバーは飛場、世界、オヤブン、チャーシュー、両国、八百、ヘボピーの7人。
私はてっきりオヤブンがリーダーだと思っていた。
だって、親分だものな。
当時買ってもらったプラモデルの箱に書いてあったワイルド7の説明には、飛場がワイルド7のリーダーとある。
私はオヤブンがリーダーだと思っていたので、その説明に納得出来なかったな。
私が買ってもらったプラモデルは両国のバイク。
他のが欲しかったのだが売ってなかったのだ。
両国は途中で死んでしまうしな。
マジンガーZ
昭和47年12月3日〜昭和49年9月1日放送
夜7時というのはテレビのゴールデンタイム。
日曜日となれば尚更テレビに注目だ。
と言う事でテレビは一家に一台の時代、コズミ家ではマジンガーZを見る事なく裏番組を見ていた。
だがマジンガーZを知らないわけではない。
『ど根性ガエル』の連載していた少年ジャンプに載っていたし、超合金やジャンボマシンダーが流行った。
番組を見てなくても欲しかったな。
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