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12月, 2025の投稿を表示しています

【1000文字小説】アヤカいます!

 その店はクレープ屋だったが、半年であっけなく閉店した。商店街の角にある、間口の狭い十坪ほどの細長い店舗だ。次の月、同じ場所にタピオカ屋がオープンした。店の前には行列ができていた。店の中にはクレープ屋で働いてたバイトの女の子の姿があった。アヤカだ。瞳の色が少し茶色がかっているため、光が当たるとキラキラして見えた。だが表情は、タピオカをシェイクする手つきと同じくらい淡々としていた。タピオカ屋は一年で潰れた。アヤカはシャッターが降りた店をじっと見つめた。何らかの決意表明をしているようにも見える。 店は次に小さなサンドイッチ屋になった。ショーケースの奥で、アヤカは満面の笑みでサンドイッチを作っていた。彼女の隣には、もう一人、若い男の子がバイトとして働いている。店の外で並んで歩く二人の姿も時折見られた。アヤカの笑顔はクレープ屋にいた頃よりも、タピオカ屋にいた頃よりも更に明るく、生き生きとしていた。 店が開く少し前、彼女はいつも、古びた自転車に乗ってやってきた。スタンドを立て、前カゴに積んだ水筒とポーチを取り出す。細い腕で鍵をかけ、カゴをポンと叩いてから、店の入り口へ向かう。その一連の動作は、雨の日も風の日も変わらない。 サンドイッチ屋は一年半で無添加の調味料を専門に扱う店に変わった。清潔感のある白い内装に、シンプルなラベルの瓶が並ぶ。レジに立つアヤカは落ち着いたベージュのエプロンを身に着け、商品を丁寧に袋に詰めていた。彼女の表情はどこか大人びて見えた。客が「いつもここにいるわね」と話しかけると、彼女は穏やかに微笑んで「家が近いんです」と答えた。とは言っても自転車で二十分の距離だった。自分の勤めた店が次々と閉店したのは自分の力不足もその一因だと思い、リベンジする気持ちもあったのだった。 店が変わるたびに、アヤカも少しずつ変わっていく。前髪が短くなったり、メイクをしたり、笑顔も増えていく。その変化は、淡々と、だが確実に彼女の中に刻まれていく。店の看板は変わっても、店の看板娘はいつも変わらない。 商店街の店は、また変わっていくかもしれない。だが、アヤカがここにいる限り、この場所の物語は、いつまでも続いていくと思いたかった。彼女は今日も笑顔で元気な声で「いらっしゃいませ!」と声をかけている。「今度こそ続け」と願いも込めて。そして、閉店後はいつもと同じ古びた自転車に乗って、商...

【1000文字小説】ダンボール箱のクリスマス

 凍える十二月下旬の夕暮れ、OLのサキは家路を急いでいた。マフラーに顔をうずめて足早に歩く。一人暮らしの部屋にはいつも通り誰もいないが、猫が出迎えてくれたらどうだろう。犬ほど手がかからないとは聞く。それでも毎日のお世話、掃除やご飯やトイレの管理、病気の時のことを考えると、きちんと面倒を見てあげられないかもと飼う事は躊躇する。 サキは近道のまばらな裏通りで、ダンボール箱の中で毛布にくるまり震える小さな塊を見つけた。ミャーミャーと頼りない声で鳴いている。猫だ。まだ産まれて間もない子猫だろう。こんな季節に生まれるのだろうか。冬に生まれる猫? 痩せ細った小さな体は、寒さで小刻みに震えている。日頃の行いが良かった自分への神様からのプレゼントだろうか。このまま見過ごすことだけはどうしてもできなかった。 子猫の入った段ボールを抱え上げ、一人暮らしのワンルームに帰り着く。すぐに暖房で温め、噛んだり引っ掻いたりしないだろうかと恐る恐る抱き上げた。掌に乗るほどの小さな生き物は弱々しく抵抗してきたが、温かい手に触れると安心したように身を委ねた。子猫をそっと床に下ろすと、子猫はくるくると周囲を見回した。新しい環境への警戒心と、それを上回る好奇心。子猫の小さな瞳には、怯えと期待が入り混じっていた。 ふと、ダンボール箱に挟まっていた、小さな冊子に目が留まる。表紙には「トリセツ」と書かれていた。開いてみるとそこにはご飯は一日一回でいいが必ず生魚を、お風呂は四十八度のお湯で毎日などと書かれている。コレ、信じていいの? トリセツ中には何故か猫という文字はない。最後のページには、少し達筆な文字で「アラフォー女の孤独を癒してくれます」と書かれている。 サキは思わず声に出して笑った。まるで、自分がこの子を拾うことを予期していたみたいだ。ただの偶然か、誰かの手の込んだ悪戯か。いや、もしかして、私のストーカーか?一瞬背筋が寒くなったが、子猫の無防備な寝顔を見るとその疑念は消え失せた。 「何にせよ、飼ってやるよ」 サキはもう躊躇う気持ちはなかった。この子との出会いは、偶然ではない、必然なのだ。 窓の外ではクリスマスのイルミネーションが輝いている。今年も一人きりだと思っていたクリスマスが、寂しくなくなる。「さぁ、まずは猫用品を買いに行こう」サキはまるで『行ってらっしゃい』とでも言うような子猫の温かい視線を...

【1000文字小説】積もりゆく物語

 木々を濡らしていた雨が、いつの間にか雪になっていた。窓の外に目をやると灰色だった街路樹の枝が、うっすらと白く染まっている。アスファルトの黒も次第に白い粒に覆われていく。ぼんやり眺めていた亜美は、休日の静けさに身を委ねながらスマホに手を伸ばした。十二月中旬、三十歳になったばかりの、何の変哲もないOLの休日だ。 天気予報は、午後から雪が強まることを伝えていた。画面をスワイプする。予定のない週末。積もれば買い出しに行くのが少し面倒になる。それだけの話だ。 画面をスクロールすると、友人たちのSNS投稿が流れてくる。「週末は旦那さんと温泉旅行」「結婚記念日のお祝いディナー」どれもが幸せそうで、きらきらと輝いて見える。もちろん、心の底から祝福している。でも、どこかで自分と比べてしまう自分がいることも否定できない。 窓の外では、雪が本格的に降り始めていた。白いカーテンが視界を遮り、街の音を吸い込んでいく。遠くの幹線道路を走る車の音が、いつもよりかすかに聞こえるだけになった。 亜美は、ふと昔の恋人とのことを思い出した。初めて雪が積もった日に、二人で夜の公園を歩いたこと。凍える手をお互いのコートのポケットで温め合ったこと。あの頃の自分は、こんなに穏やかで静かな雪景色を、寂しいと感じただろうか。きっと、寒さよりも誰かといる温もりを感じていたに違いない。 キッチンのほうへ向かい、コーヒーを淹れる。湯がゆっくりと注がれ、豆の膨らむ音、ぽたぽたと滴る音だけが、静かな部屋に響く。立ち昇る湯気と香りが、ささやかな温かさを運んでくる。 少し前に、同僚がSNSで「アラサー女子のリアルな恋愛小説」を書いていたことを思い出した。雨がいつの間にか雪に変わる、そんな一日の話を、誰にも知られることのない、ささやかな物語を、自分も紡いでみようか。主人公は、三十歳になったばかりのOL。予定のない休日に、積もりそうな雪を眺めている。そんな、誰にも知られることのない、ささやかな物語。 スマホを置いて、パソコンに向かう。キーボードに指を置き、カタカタと打ち始める。キーボードの音が、雪の降り積もる音に重なるように思える。空の雪も、心の中の言葉も、今はただ静かに降り積もっている。どれくらい積もるだろうか。 白い街並みを、ひとりのOLが窓から見つめている。彼女の部屋には、やがて始まる物語の始まりを告げる、キーボード...

【1000文字小説】ブックス&カフェ ソラリス

 悠斗は、古びた商店街の一角に掲げられた「ブックス&カフェ ソラリス」という見慣れない看板を見上げていた。最近この街にできた新しい本屋だ。十二月の初めだというのに看板の横には季節外れの朝顔が一輪、不自然なほど鮮やかな紫色の花を咲かせている。 悠斗は本屋が好きだった。紙の匂い、背表紙を眺めて歩く時間、偶然の出会い。だが街の本屋は次々と姿を消し、悠斗自身も電子書籍へ移行していた。そんなこのご時世に、新しい本屋? しかも、シャッター街の場所に。郊外の大型書店やAmazonに敵うわけはない。店主は採算度外視の夢追い人か、世間知らずのお金持ちか。 悠斗は店のドアノブに手をかけた。カランと古風なベルが鳴り響き、店内へと足を踏み入れる。 外の寒さが嘘のようにじんわりとした空気が肌を包み込む。奥には小さなカフェスペースがあり、コーヒーの香りが漂っていた。先客は一人。黙々と本を読んでいるが、何となく影が薄い。 店主らしき若い女性が、カウンターの中から会釈した。彼女の顔立ちは整っていたが輪郭が少しだけぼやけて見える。 悠斗は、ひとまず棚を眺めて回る。ポップには手書きで、店主の熱意あるコメントが添えられている。 「この本、面白いですよ」 いつの間にか隣に来ていた店主が、悠斗が手に取った詩集を指して言った。彼女の声は、まるで遠くの霧の中から聞こえてくるようだ。 「ここに並んでいる本は、全部私が読んだものなんです。一冊一冊、魂を込めて選んだ大切な子たちで。この詩集、今の高野さんにぴったりな気がします」 店主は楽しそうに、その詩集の魅力を語り始めた。その無邪気な熱量に悠斗は面食らった。「全部」という言葉に驚きつつ、それ以上に「今の自分にぴったり」と言われたことに動揺した。まるで自分の心を見透かされているかのようだ。その途方もない情熱が、この店の静かな空気を作り出しているのかもしれないと感じた。 悠斗はその詩集を手に取り購入することにした。久々に感じる紙の質感。カランとベルが鳴り、悠斗は店を出る。 外の喧騒が戻ってくる。冷たい外気、行き交う人々の速い足取り、スマートフォンの通知音。店の前の朝顔は、相変わらず不自然なほど鮮やかだ。 この新しい本屋は別の時間軸から現れたのかもしれない。流行り廃りとは無縁の、店主の情熱という名の磁場に守られたあの店は、この世界とは異なる温度を持っていた。そんな...