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ワールドスタンプブック「ミスターベースボール」も未完成

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昭和55年 写真はワールドスタンプブック、ミスターベースボール。 ワールドスタンプブックというのは、200円で買った台紙に、袋の中にランダムに8枚入っているスタンプを買ってコレクションしていくものだ。 ワールドスタンプブック怪獣の世界はコンプリートにはまだまだというところで販売が終了、唯一残っていた本屋でも在庫終了で、売っている書店がなくなってしまった。 ワールドスタンプブック「怪獣の世界」は未完成 その後に出たのがこのミスターベースボール。当時野球少年だった私は、今度はこれを集める事にした。 野球の記憶 さて、私がまだ小学校へ入る前、親戚達と野球をした事があった。 当時はまだ野球のルールはよく知らない。 私はバッターボックスに立っていろと言われたので立っていた。 ピッチャーのいとこがボールを投げる。 速球が私の頭にぶつかった。 どけていいと思わなかったので、ボールが来てもよけなかった。 本来ならデッドボールなのでランナー一塁のはずだが、三振か打たなければ塁に出れないローカルルールだったのだろう。 「どけなきゃ」と周りの親戚達は口々に言った。 私はそのまま打席に立ち、いとこがまたボールを投げる。 速球がまた私の頭にぶつかった。 どけていいと思わなかったので、ボールが来てもよけなかったのだ。 デッドボールなのでランナー一塁のはずだが、三振か打たなければ塁に出れないローカルルールだったのだろう。 「どけなきゃ」と周りの親戚達はまた口々に言った。 3球目、今度はバットを振りヒットとなって出塁した。 そんな思い出の野球。 ミスターベースボールとは長嶋茂雄 怪獣の世界と同じパターンで一袋50円。8枚入りだった。 集めているうちに私はある事に気がついた。 長嶋のスタンプが多いのだ。 当時の私は大の王ファンだったのだが、王のスタンプは巨人の主力選手であるにもかかわらず、それほどある訳ではない。長嶋のスタンプがほとんどだった。 それもそのはず、ミスターベースボールとは長嶋の事を指していたのだ。 そんな事とは知らないので、他の選手が少ないのを不満に持っていた。 不満は持っていたけれど集めていた。 8枚入りなのですぐにたまるのだがダブりも多い。 今、数えてみるとダブってアルバムに貼

2号といえば

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昭和40年代 2号と言えばサンダーバード2号。 子供の頃に作ったプラモデルの中では、ダントツでサンダーバード2号が人気だった。 2号自体は丸っこくてあんまりカッコイイとは思えなかった。 コンテナを積んで中には救助メカというギミックが良かったのだろう。 持っている友達はそれだけで人気者になれた。 私も欲しかったのだが中々売っているのを見かけなかった。 1度見かけた事もあったが、スポンサーの父の意向でサンダーバード5号を買った。 こっちの方がいいだろう? みんなが持っている2号よりも。 5号というのは宇宙ステーションで、宇宙にぽつんと浮かんでいるだけの存在だった。 私としても、5号を持っている友達はいなかったので、その希少性から人気者になれると勘違いした。 組み立てて翌日に友達に見せたのだが、ふぅーん、みたいに気の無い反応。 一人サンダーバード3号を持っている子がいて、その子だけがやや興奮していた。 番組では、3号と5号がよく一緒に出てくるのだ。 結局、あまり買う人がいないという事はやはり人気がないという事で、5号を持っていたとしても人気は出ないという事なのだった。 今度は3号を買った。こちらはウルトラホーク3号。 ウルトラホーク1号は持っていた。2号は欲しかったが売ってない。で、見かけた3号。これは持っている友達を見かけた事がない。 自分の中ではウルトラセブンはサンダーバードよりもランクが上だったので、これはこれは人気者になれるに違いないとの魂胆だった。 私が意気揚々と「3号買ったよ」と言うと友達連中は「え? サンダーバード?」「ガッチャマンか」等等と言う。 で、家にあるウルトラホーク3号を見せると、ふぅーん、みたいに気の無い反応。 初めての出来事なのに以前にも経験した事のある感覚、デジャビュー。 既視感だ、いや、初めての出来事ではない。サンダーバード5号の時と同じ反応だった。

ソニーのステレオラジカセ・サースリー

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昭和54年 SirIII発売 操作機構にフェザータッチのロジカルコントロールシステムを採用し、メカニカルな感覚でまとめられた当時の高級機。コントロールパネルは収納可能なシールドパネル構造で、デジタルチューナー・クロックタイマー機能を持つ液晶ディスプレイとドルビーNRシステムを当時初めて内蔵しました。スピーカーの存在を主張した従来のモデルと差別化を図るかのように、パンチングのウーファー、グリル状のツイーターなど革新的なスタイリングとなっています。 ソニーのホームページから引用。 → ソニーのサースリーのページ XYZ(ジィーゼット)に続きソニーのイチオシ機種の座に躍り出たラジカセがCFS-D7「Sir III サースリー」 サーはイエッサーとかアイアイサーのサー。 カタログには、 「Sirとはイギリスの貴族の送られる称号」 と書かれていて、他のラジカセとは身分が違うと主張している。 定価は79,800円。 中学生だった私は親にねだって買ってもらうことになった。 ついに、あこがれのラジカセを手に入れるのだ。 ラジカセを買いに、チラシが入ってきた電気屋に父と一緒に行った。 買う機種はSir IIIに決めていたが、店員や父に勧められて他社のラジカセと色々聞き比べた。 ナショナルやパイオニア、日立…。 音を聞けば他の機種はSir IIIよりもいい音に思えた。 音は結局は好みなの問題だが、Sir IIIはなんだか音が暗かった。 一緒にいた親父も「こっちの方がいい音だ」なんて言ってナショナルのラジカセを褒め、店員もソニーを売りたくないのか他を勧める。 でも、私はSir IIIにした。 音がちょっと気に入らなくても、なんてったってカッコイイ。 Sirと呼ばれる為の3つの条件 SirIIIのIIIの部分の由来。まず第1が、 「フェザータッチ採用のロジカルコントロール」(カタログより) 再生や停止、早送りや巻き戻しのボタン。 これが一番操作するボタンだ。 そのボタンが軽く触れるだけでいいフェザータッチオペレーションになった。 軽く触れるとガチャンと機械音がして作動する。 この感触がよかった。 Sirと呼ばれる為の3つの条件。第2が、 「液晶デジタル表示とタイマー機能」(カタログより) デジタル時計

左ハンドルのメリットとデメリット

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私が運転免許を取り、車を運転し始めてから約30年。 運転歴は左ハンドルが約15年、右ハンドルも約15年。 どちらもほとんど同じくらい、10万キロ以上ずつだ。 どちらが運転しやすいかと聞かれると「どちらも大丈夫、要は慣れだよ」という人もいる。 実際そういう面もあるだろうが、やはりそれぞれ特徴はある。 右ハンドルと比べて左ハンドルの運転はどうなのか、まとめてみた。 左ハンドルのメリット シフトレバーを操作しやすい。 左ハンドルの車だと、シフトレバーを右手で操作することになる。 私は右手が利き腕なのですごく操作しやすい。 オートマ車だとあんまり操作しないのでそれほど実感しないが、マニュアルだと顕著だ。 左側の車両感覚が掴みやすい。 狭い道で対向車が来た場合、けっこうギリギリまで寄せられる。 路上駐車の時もギリギリまで幅寄せできる。降りられなくなるが。 かっこいい。 私の世代だと左ハンドルがかっこいいというイメージがあった。 運転席が歩道側。 路上駐車して降りる時、歩道側なのですぐ降りられる。 左ハンドルのデメリット 追い越しがしにくい。 追い越しする時には対向車線が見えにくい。 一旦はみ出て確認しなければならない。 右折しにくい。 交差点の右折レーンで信号待ちをしている時、対向車線がわかりにくい。 駐車券やドライブスルーが不便 コインパーキングの駐車券を取りにくい、出る時も支払いしづらい。 運転手一人だけで助手席に誰もいない場合、ドライブスルーで注文しづらい。商品も受け取りにくい。 助手席側が道路側。 彼女を送って行き道路に止める。 助手席の彼女が降りるのは歩道側ではなく道路側になる。 気をつけないと危険だ。 結論 日本は左車線なので、やはり右ハンドルの方が運転しやすい。 運転席がセンターライン側にある方が道路状況を把握しやすいのだ。 左ハンドル車はデメリットの方が多いが、運転操作は左ハンドルの方がやりやすく感じる。 一番いいのは右車線で左ハンドルか。

【1000文字小説】あちこちに幸運

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絵那は何かに気がついた様子で、ベンチの脇に生えていたシロツメグサを一本むしりとった。それは鮮やかな緑の四つ葉だった。  絵那には仲のいい友達が三人いた。一緒に買い物に行ったり家に行ったりする三人だった。あと三本見つけプレゼントにしようと考え、四つ葉を探し始めた。 「何やってんだ?」 声の方に目をやると、そこには自転車に乗ったクラスメイトの恭平がいた。毎日学校で顔を見ているのだが、学校以外の場所で出会うと初めて見る人のような気がした。 絵那は恭平が嫌いだった。絵那だけではなくクラス中の女子が嫌っていた。恭平が女子に対して悪口を言ったり意地悪をしたり殴ったり蹴ったりするからだった。 不潔でもあったからだ。髪はぼさぼさだし、爪の間には土や垢がつまって黒くなっている。 四つ葉のクローバーを見つけてから、すぐにあんな子に声をかけられるなんて…。 黙っていると何かされそうで怖かったので「四つ葉のクローバーを探しているの」と小さな声で答えた。 「友達にプレゼントするの」 「ふうん」 気のない返事をしながら恭平は思案顔になり「俺、一緒に探してやるよ」と言った。 絵那は嫌だと言いたかったが、断ったりするとぶたれそうで怖かったので「ありがと」と弱々しく言い、一緒に探す事になった。 「ほら、そこにあるぞ」 恭平は自信に満ちた声で言った。 絵那がその方向に目をやると、恭平に指さされたその四つ葉だけが、他の三つ葉とは違いぼんやりと光っているように感じ、すぐに見つける事ができた。 「ほら、そこ」 「あそこにもある」 絵那はその指示通りに動き、四つ葉を見つけてはせっせと取った。恭平は無造作に指さしているようでも、そこには必ず四つ葉があった。 「まあ、これぐらいでいいか」  数えてみると十八本の収穫があった。 「これだけあればプレゼントできるな」と恭平は言い、自転車に乗って自分だけさっさと帰って行ってしまった。ぶたれたりしなかったし、悪口も言われなかった。 翌日、絵那は学校で恭平に声をかけようとした。が、昨日の恭平とは違う気がして思いとどまった。 絵那の視線に気づいた恭平は「なんだよ、じろじろ見てんじゃねーよ」と怒鳴った。 やはり違った。 似ているが昨日の恭平とは別人だった。顔がどこか違う。体型がどこ

本といえばマンガだった

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スケートをはいたうま 子供の頃に一時期アパートに住んでいた。 アパートの友達と本を読もうという事になった。 私は部屋に戻って、気に入っていた「スケートをはいた馬」やら何やら数冊を持って行った。 「スケートをはいた馬」 『五月三十五日』(ごがつさんじゅうごにち、Der 35. Mai oder Konrad reitet in die Südsee)は、エーリッヒ・ケストナーの小説。 日本では『スケートをはいた馬』という訳のタイトルで出版されていたこともある。 ウィキペディアより抜粋。 これ面白いから読んでね〜みたいな気持ちだったはずだ。私は小学校で「スケートをはいた馬」を読んでの読書感想文を書いた覚えがある。オススメの本だ。 だが、友達は露骨にイヤな顔をした。 本と言ったらマンガだよみたいな。 私もマンガはないわけではないのだが、本と言われたので本を持って行ったのだ。 だが素直に引き返して今度はマンガを持っていく。 マンガをそれほど持っていたわけではないが、白土三平の「サスケ」や赤塚不二夫の「おそ松くん」を持って行った。 友達は喜びの表情を浮かべる。 待ってました、コレよ、コレコレみたいな顔。 ど根性ガエル 私は吉沢やすみ「ど根性ガエル」を読ませてもらった。 「ど根性ガエル」とは、聞いたことのないマンガだった。テレビでもやってないし。 作者の吉沢やすみも聞いたことがない。 でも、読んだらこれが面白い。 どれくらい気に入ったかというと、後日本屋で私も買うくらいに気に入ったのだった。 本屋では確か10巻ぐらいまで揃っていたと思う。 ジャンプコミックスが1冊250円の時代だった。 吟味して1冊を買い、アパートに帰って早速読み始めた。 ホホゥ、やっぱり面白い。 が、途中であることに気がついた。 なんか…、 なんか読んだことがあるなぁ。 そうだ、この前読んだのと同じだ。 ど根性ガエル第3巻。 友達から借りて読んだのがコレだ! ちゃんと確認して買わないとこんな事になるのだ。 ど根性ガエルはその後テレビアニメ化されて大ヒット。 その後もソルマックのCMに出たり、2年前には実写のテレビドラマになったりもした。

昔買ったナムコのファミコンカセット

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昭和60年 ファミコン ニンテンドーのファミリーコンピュータ、いわゆるファミコンは大ヒット商品だった。 なんせ売ってない。入荷したそばから売れていった。 我が家ではそれまでにもテレビゲームはあった。テニスのゲームだった。ラケットを動かして打ち合うゲーム。単純だけど面白かった。単純なのですぐに飽きた。 ファミコンはカセットを変えると色んなゲームが出来る。買ったゲームに飽きたら違うゲームをすればいい。ゼビウスが発売されて買う決心をした。 昭和60年8月19日、20台ぐらいが限定入荷した時に、定価12,800円で購入した。 ゼビウス ファミコンを買った時に最初に買ったゲーム。というよりはゼビウスをする為にファミコンを買った。ゼビウスはファミコンを買った店にはなくてあちこち探してようやく手に入れた。 ゲームセンターでお金を入れてやるゲームが、家で何度でも出来るっていうのが嬉しい。画面もキレイだったし、音楽もステキだった。スタートの音楽は「さー、お昼の時間だ」というナムコの女子社員が歌っていた歌をアレンジしたという記事を読んだ気がするが、夢か? クリアする為に攻略本も買った。まあ、シューティングゲームなので、攻略本を見てもそれほど面を進める事が出来た訳ではないが、ソルの出現場所を知るのに役立った。でも、結局は16面に行く事は出来なかった。 パックマン ゲームセンターで時折やったゲーム。世界的に有名になった。 パックマンのテレビゲームが出る前、トミーから出ていた立体的なパックマンゲームがあった。それがこのゲームの元ネタなのだろうか。それともまったく関係がないのか。 ギャラガ 同級生ですごく上手かったM君がいた。ゲームセンターでM君のプレイを見ているとずっと終わらずに感心して見ていた。ギャラクシアンの第2弾。 敵にさらわれた自機がそのまま敵になってしまうということがままあった。平然と向こうの陣営にいてこちらを攻撃してくるその様はハカイダーに操られてキカイダーを襲ってきた01、ビジンダー、ダブルオー。 スカイキッド グラディウスとかスーパーマリオブラザースとかとは反対に、自機が右から左へと進むゲーム。キャラクターは丸っこくてあんまり飛びそうにないデザイン。 2プレイだと味方に後ろから撃たれるこ

XYZと書いてジィーゼットと読む

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昭和53年6月 XYZ発売 ソニーから新しいラジカセが発売された。 型番CFS-686、愛称はXYZと書いてジィーゼットと読む。定価69,800円。 ジルバップデラックスに変わってソニーのイチオシ機種になった。 私はこのXYZが欲しかった。 ジルバップもラジカセとしては悪くないのだが、ジルバップって語感が私的にはカッコイイとは思えなかった。 それが今度はXYZ。エックスワイゼットと書いてジィーゼットだ。 Yはともかく、かっこいいXとZが入っている。 XやZはかっこいい。仮面ライダーXもいる。マジンガーZもいる。グロイザーXもいた。フェアレディZも走っている。 ジルバップにもZがあるが後半のルバップって何かかっこよくない。 グーグルで検索 グーグルで「ソニー ラジカセ XYZジィーゼット」と検索すると次のようにでる。 『次の検索結果を表示しています:   ソニー ラジカセ XYZジーゼット 元の検索キーワード:   ソニー ラジカセ XYZジィーゼット 』 ジィーゼットって打ち込んでいるのに ジーゼットに直される。 ジィーゼットでいいんだよ。ジィーゼットで。 昭和55年2月 メタルXYZ発売 XYZはその後、メタルテープに対応したメタルXYZに進化した。 このメタルジィーゼット、デザインがちょっと変わっていた。ステレオラジカセだと普通はカセットが真ん中にくる。左右のスピーカーに挟まれる感じなのだが、この機種は左側にある。左のスピーカーの上の方だ。 再生ボタンや早送り巻戻しボタンは軽く触れるフェザータッチになった。 いろいろ性能アップして、お値段はたった3,000円だけアップの72,800円。 別売りでリモコンもある。 でも私は買うなら初代の方がよかった。 XYZの名前はついているが、ジルバップのようなデザインの連続性がなく、別のシリーズのようだ。 グーグルで検索 グーグルで「ソニー ラジカセ メタルジィーゼット」検索すると次のようにでる。 『次の検索結果を表示しています:   ソニー ラジカセ メタルジーゼット 元の検索キーワード:   ソニー ラジカセ メタルジィーゼット  』 メタルジィーゼットって打ち込んでいるのに メタルジーゼットに直される。 メタルジィー

認知症の母への8つの対処法

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私は昭和40年生まれのおっさんだが、私と同世代の人達の親は70代〜80代が多いだろう。 私の父は10年ほど前に死んだが、母は健在だ。 健在とはいえ、アルツハイマー型の認知症でてんやわんやだ。 なので、こういう時にはこう対処しているというのを書いてみる。 おにぎり ・毎朝、母におにぎりを握ってもらう。 私が昼に食べるのだ。 先日、おにぎりを口に入れたらすぐにウメボシ。 今日は随分と端っこに入れたんだなと思ったらまたウメボシ。おやおや今日は2個入れたのかと思ったらまたウメボシ、ウメボシ、ウメボシ…。 結局ウメボシは7つ入っていた。 ・おにぎりを握っている時、ふと見ると海苔を巻いたおにぎりにまた海苔を巻いている。 そんなに巻かなくていいんだよと言って確認すると、海苔を4枚巻いていた。 対処 作っている時に見守ること。 飴玉 母を助手席に乗せて、私が運転中。 母に、飴食べるから袋から取り出してと頼んだ。 頷いた母は飴を取り出し、そのまま自分の口に入れた。 飴を出した時点で、私から頼まれたという事を忘れてしまうのだ。 対処 途中で声がけして、目的を忘れさせないこと。 炊飯器 時折、ご飯を炊いている最中の炊飯器を開けてしまう。 すぐに閉めないので、芯が残って炊きあがる。 対処 炊きあがるまで炊飯器に「開けるな」と張り紙している。 パジャマ 冬場はパジャマを脱がない。 朝は私より起きるのが早いので、母はすでに着替えている。 が、その時はパジャマを脱がないで上に服を着ている。 脱がせようとすると面倒くさがって怒る。 対処 着替えなくても、まあ不都合はないし、そのままにしている。 ミルキー 1日で一袋くらい食べる。 口に一個入れいてるのにさらに口に入れたりもする。 対処 母はアルツハイマー型認知症の他に、多発性骨髄腫と診断されてから6年になる。 なので、まあ好きにさせている。 財布 財布がなくなったと騒ぐ。誰かに盗まれたんだと言う。 物盗られ妄想だ。 時には具体的に、○○に盗まれたとか二人組の男が持っていったとか言う。 対処 「一緒に探そう」と言って探す。 これまで本当になくなったことはなく、必ず出てくる。 ことわざ 脳の活性

【1000文字小説】マンションを借りに行く

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「マンション探してるんだけど」 「はい?まんじゅうですか?」 「違うよ。マンションだよ、マンション。まんじゅうもまあ食べたいけどな」 「薄皮まんじゅうなんかいかがですか」 「おお、いいねえ」 「置いてませんけどね」 「お前がまんじゅうって言い出したんだろ。マンションだよ」 「失礼しました。ダンジョンですね、ダンジョン」 「それも違うな。マンションだよ。マンション。なんで地下牢を借りなきゃならないんだよ」 「失礼しました。マンションですね」 「そうだよ。マンションだよ。ダンジョン本当に貸してんなら見せてみろよ」 「ご予算はどれくらいですか」 「10万円ぐらいまでだね」 「えんまんじゅう?聞いたことのないまんじゅうですね」 「違うよ、10万円だよ。またまんじゅうが出てきたな」 「失礼しました。10万円ぐらいまでですね。場所はどの辺をお考えですか」 「駅の近くがいいんだけどね」 「敵の近くですか。どなたと戦ってるんですか」 「ショッカーとね。俺って実は仮面ライダーだからさ。ってそんなわけあるか。敵じゃないよ。駅だよ、駅」 「失礼しました。こちらなんかいかがでしょう」 「部屋数とか聞かなくていいのかよ。ん?これで10万円?8LDK、風呂とトイレが二つもあるな」 「はい、お安くなってます」 「これいいな。よくこれで10万円ですむな」 「はい、この物件は1日10万円なので、1ヶ月だと300万円になります」 「300万?そんなに払えないよ。高級ホテルかよ。1日じゃないよ。月で10万円だよ」 「失礼しました。ひと月の家賃が10万円ですね。こちらはどうですか」 「いいね。ん?酸素ボンベ必須って何?」 「月ですから、必要です」 「月って、月?ムーン?」 「はい、そうですが…」 「NASAか、ここは。月にマンションがあんのかよ。そもそも駅の近くなのか、ここ」 「気に入りませんか」 「月からは通えないよ」 「では、こっちはどうですか」 「ほぉー、2LDKで風呂、トイレつきか」 「バスとトイレはちょっと離れてますがね」 「離れてるって、どれくらい?」 「月にあるんですよ。バスとトイレ」 「バス、トイレつきのつきって、月か。もう月から離れろよ」 「これでどうです」 「いいね。また月にあるなん

変身忍者嵐と超人バロム・1

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写真は、 変身忍者嵐/超人バロム・1 変身怪人オール図鑑 秋田書店 昭和47年11月30日再版 変身忍者嵐と超人バロムワンで一冊の本。 どちらか一つだけでは営業的に弱いと思ったのだろうか。 どちらも製作が東映だからなのか。 番組の放送中に出た本。初版は昭和47年8月10日だ。 怪人の図鑑なので、単体だと載せる怪人の数が足りなかったのか。 変身忍者嵐もバロムワンもテレビマガジンその他で存在は知っていた。 どちらも知ってはいるが、番組は見た事がない。 放送はしていた。テーマソングも歌える。番組の最初の歌だけを見て本編は見ず他の番組を見ていたのだろう。 なので、この本はファンだったから買ったものではない。 古本屋で安く売っていて、将来値段が上がるんじゃないかと思って買ったものだ。 変身忍者嵐 ウィキペディアを見るとこうある。 『『仮面ライダー』のヒットを受け、変身ヒーローに『仮面の忍者赤影』などの時代劇の要素を加え制作された作品。原作者と放送局、メインライター、監督、ナレーターも『仮面ライダー』と一緒で、監督の内田一作は絵巻物風の考証資料まで独自に用意し関係者へ配り、スタッフ一同「時代劇版仮面ライダー」を作ろうと大変な意気込みだったという。』 仮面ライダーの時代劇版! 当時の大人の感覚はそういう意気込みだったのかもしれないが、子供達にとってはだったら仮面ライダーでいいじゃんとなったんではないだろうか。 ちょっと前までの仮面の忍者赤影とかは見ていたし、変身忍者嵐と同時期には怪傑ライオン丸、好評だったのか風雲ライオン丸も作られた。だが私的にはその頃は時代劇はほとんど興味がなかったんだろう。変身忍者嵐は見ようとは思わなかった。同じ理由でライオン丸もあんまり見る気がしなかった。 バイクに乗った仮面ライダーが大ヒットしたのに、それと同様のコンセプトの番組のヒーローが、今更馬に乗って出てきても受けないんじゃないか? バロムワン これも放送はしていた。 当時は見たかったのか。それともあんまり見たいとは思わなかったのか。 まあ、見たかったのだろうがテレビは消さないだろうから、裏番組を見ていたのだろう。 敵の怪人は名前の最後にゲルゲとつくが、テレビの特番なんかでよく紹介されている。個性的な怪人たちだ。 見てなかった

宇宙戦艦ヤマトが大ヒットした

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写真はロマンアルバム宇宙戦艦ヤマト。 テレビランド増刊が示すようにやや子供向けの誌面だ。 昭和52年 宇宙戦艦ヤマト劇場版公開 宇宙戦艦ヤマトが大ヒットした。 放送は昭和49年10月6日から昭和50年3月30日。全26回。 放送当初は見ていなかった。 多くの子供達が見ていなかったのだろう。 全51話の予定が26話で打ち切りなのだから。 裏番組はアルプスの少女ハイジ。こっちを見ていた人が多かったのか。 我が家ではハイジもヤマトも見ずに猿の軍団を見ていた。 ヤマトは再放送され人気に火がつき、劇場版まで公開された。 劇場版は友達と見に行った。 テレビ版の総編集だとはわかっていた。 が、結末が違っていた。 なんと、イスカンダルにはスターシヤはおらず、コンピュータがあるだけだった。 なので古代守も出てこない。 大画面でヤマトが見られてよかったが、ちょっとなんだかなあという感想ももったのだ。 新作部分を入れてストーリーを変えるより、テレビの総集編でいいのになあと思う。 木村拓哉主演で公開された宇宙戦艦ヤマトなんて、テレビの総編集どころかさらば宇宙戦艦ヤマトまで合体していた。 短い時間でも、詰め込めれば入るのだ。 宇宙戦艦ヤマトのラジオドラマ この宇宙戦艦ヤマトがラジオドラマになった。 オールナイト日本で4時間生ドラマと銘打ち、ヤマトが放送されることになったのだ。 録音ではなく、生放送、生ドラマだ。 オールナイト日本は午前1時に放送開始。 4時間だと午前5時までだ。 当時小学6年生だった私にはハードルが高い。 学校では絶対に起きて聞くという派と、いつも起きてるから余裕だよ派と、そこまで興味ない派に分かれていた。 私は絶対に起きて聞く派だった。 目覚まし時計を午前1時10分前にセットして一旦就眠。 目覚ましの音で起きてラジカセをセット、放送開始の時間とともに、姉から借りたラジカセのポーズボタンを解除した。 いつもはぐっすりと眠っている時間だが、意外となんともなかった。 ヤマトを聞きたいという熱意の賜物だろうか。 ドラマは古代進の日記形式で進んだ。 ○月○日、ヤマトの艦長が沖田艦長に決まった。こんな人が…、とか ○月○日、イスカンダルが目前だ、もう日記なんか書いていられないとか。 のび

ラジカセの目覚めはジルバップから

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昭和52年 ソニージルバップ 小学校も高学年になってくるとラジカセが欲しくなってきた。 私は3つ年上の姉が買ってもらったラジカセを、時折使わせてもらっていた。 自分のカセットテープは2本持っていた。 そのテープにテレビの歌番組や、自分で歌った歌を録音していた。 それで不満はなかったのだが、自分のラジカセを持っている友達がいたりして、そんなのを見ると自分だけのが欲しくなるのだ。 同級生の一人が学校にラジカセのカタログを持ってきた。 どこで手に入れたのかと聞くと、電気屋に置いていると言う。 私も早速手に入れる為、電気屋へ行った。 電気屋からはソニーナショナル東芝日立フェアメイト等々のメーカーのカタログをもらう。 ソニーのジルバップ。当時のソニーのラジカセのイチオシ機種だ。 昭和52年6月のカタログ、ステレオラジカセでは型番CF-6500だけがZILBA'Pの愛称で呼ばれている。 定価は57,800円。 当時の最上位機種はCF-3800、定価79,800円。「ジャンボ・ステレオ」と書かれているがただの活字で愛称っぽくない。 新聞の広告にソニーのラジカセの広告が出てきた。新聞の広告にも目を止めるようになっていたのだ。 新聞広告には既存の機種ではなく、新型の広告も出た。 ジルバップはジルバップマークⅡに、そしてジルバップデラックスへと進化していった。 その都度新聞の広告に出てきて、ほぉー、いいなあと眺める。 ジルバップデラックスは、デザインは従来通りなのだが、側面が木製のキャビネット。 おぉ、かっこいいと私は思ったが、3つ上の姉の反応は「ふぅーん」だった。 新型のラジカセが載ったカタログが出るのは新聞に広告が出た後だ。 カタログが出るまでは、この新聞広告の切り抜きを眺めていた。 いつか買う日を夢見ながら。

三菱エクリプスクロスと初代エクリプス

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三菱自動車が新型コンパクトSUV「エクリプス クロス」を公開。 エクリプス クロス 三菱自動車が以前発売していた「エクリプス」と言う車名を復活させた。 エクリプスは初代が1989年に発売され、4代目が2012年まで製造された。 エクリプス クロスはクロスとついているように、クーペだったエクリプスの後継車種ではなく、クーペっぽいSUVの車種となる。 スズキのSX4も現行車はSX-4 S-CROSSとなったが、こちらもクロスオーバーだ。 さて、懐かしい車名のエクリプス。 私が乗っていた最初の車が初代エクリプスなのだ。 エクリプスは三菱自動車が販売していたが、製造はアメリカのダイアモンドスターモーターズ。 ダイアモンドスターモーターズは三菱自動車とクライスラーの合弁会社。 工場は北米にあり、エクリプスは北米からの輸入車だ。 北米で作ってるだけあってエクリプスは左ハンドル、右ハンドル仕様はなかった。 全長4,395mm 全幅1,690mm 全高1,320mm GSR-4 5速マニュアル メーターは240キロまで刻まれている。マイル表記もある。 ウインカーとワイパーの位置が日本車と逆になっている。 シートベルトは自動。レールの上をシートベルトが走り装着される。閉め忘れがないので便利だった。 「ECLIPSE」の文字。エクリプスは18世紀の競走馬。 ガソリンの給油口を開けるスイッチはここにある。最初の頃は間違えて、よくボンネットを開けてしまった。 ガソリンスタンドに行って「ガソリンの給油口開けて下さい」「は〜い」と言ってボンネットを開けた。恥ずかしい思いをしたものだ。 リトラクタブルヘッドライト。普段は収納されているが、スイッチを入れるとライトが出てくる。ライトが出てくると空気抵抗が増えるしデザインがかっこ悪い。 10年を過ぎた頃から雨漏りがするようになった。ひどい降りだと雨が床に溜まった。 灯油ポンプを車内に置いておき、雨が溜まった時はそれで雨を車外に出していた。 動かなくなったエクリプスの図。タイミングベルトが切れたのだ。レッカー車を待っている時に撮った写真。 三菱のディーラーに修理に出した。 修理中に、三菱からハガキが来た。 「お車の調子はい

【1000文字小説】死が見える

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雄一は今年になってから身長が8センチ伸び、体重は5キロ増えた。視力は左右とも1・5だったのが0・7に下がった。 その視力で朝のテレビのニュースを見ていると、アナウンサーの頭上に、まるで天使の輪のようなものが浮かんでいるのが見えた。 「変なの。この人、頭に何かのっけちゃってさ」 「何もないじゃない」 雄一はテレビに指を差して説明するが、母には見えないらしい。 おかしいな。 学校に着いた雄一は早速数人の友達に聞いてみた。だが、そんなものは見えなかったとみんなが口を揃えた。どうやら天使の輪が見えたのは自分だけらしい。 一体あれは何だろう? 見えはじめてから一ヵ月が過ぎた日に、そのアナウンサーが交通事故で死んだことが報道された。 それで雄一は、自分に見えていたあの輪は、死を目前にした人間に出現するのではないか、と考えた。 近所に住むおじいさんに天使の輪が見え、それから一ヶ月後になくなった時に、やはりこれは人が死ぬ前に現れるのだ、と確信した。 それから何人か天使の輪を乗せている人間を見かけたが、それが死期が迫った人間に現れると考えると、いい気持ちはしなかった。 もし父や母や友達や、あるいは自分に天使の輪が出現したら、その事実の重大さに自分は耐えられるだろうか…。 雄一はそれから身長が3センチ伸び、体重は4キロ増えた。父を追い越し、家族の中で一番の長身になった。視力は左右とも0・5に下がり、黒板の字を見る時には眼鏡をかけるようになった。 天使の輪は相変わらず見えている。最近特に増え続けていた。 街を歩く人達に、車を運転している人達に、買い物をしている人達に、テレビに映る人達に…。 だが、天使の輪を持つ人々が増えはじめてから一ヶ月がたったが、何も起こらず誰も死んだりしなかった。 父にも母にも見えている。後頭部を思いきり殴られたような衝撃を受け、間違いであってくれと願った。 友人達にも、そして鏡を覗いた自分の頭上にも見えている。世の中の人間すべてに見えているのだった。雄一には地上に天国が出現したような光景にも見えた。 いったい何が起こるのだろうか。 また東日本大震災のようなのが来るのか。 だが、数ヶ月が過ぎても父も母も友人達も、誰ひとり死んだりしなかった。 雄一の成長とともに能力が出現し

おもちゃのカンヅメは未だにプレゼント中

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写真はおもちゃのカンヅメに入っていたおもちゃのひとつ。今は無くなってしまったが、元々は紐がついていて、グルグル回して遊ぶオモチャだ。名前は何ていうんだろうか。 昭和46年当時のヒーロー達が描かれている。 ウルトラマン ウルトラマンだけど、昭和46年だから帰ってきたウルトラマンか。 スペシウム光線のポーズをとっている。 タイガーマスク ジャンケンしていてグーを出したみたいだ。 で、相手がパーで、「あー」とかって声を出しているっぽい。 仮面ライダー カッコよく、俺に任せろってやっている。 仮面ライダーは昭和46年の一番人気か。 スペクトルマン アイーンってやっているっぽい。 で、これは誰? 猿の惑星の登場人物? 正義の味方っぽくはない。 悪の組織の首領か幹部? これ以外のオモチャはすべてどこかへいった。コマかなんかが入っていた気がするが、ほとんど記憶にない。 おもちゃのカンヅメはチョコボールについている金か銀のエンジェルを集めるともらえた。森永が販売しているチョコボール。それは未だに販売している息の長いお菓子だ。 森永のチョコボールのサイト チョコボールの箱の出口には、金のエンゼルか銀のエンゼルかかハズレが印刷してあった。 金のエンジェルは1枚、銀のエンジェルは5枚集めて応募すると、おもちゃのカンヅメがもらえる。 テレビのCMでは田中星児が出ていて宣伝していた。 このおもちゃのカンヅメ、何が入っているかはわからなかったが、それがかえってよかったのか。とっても欲しくなったのだ。 で、せっせとチョコボールを食べた。金は全く出なかったが、銀のエンジェルがちょこちょこ出た。そして遂に5枚集まり応募。おもちゃのカンヅメが送られてきた。 私はおもちゃのカンヅメっていうので、キャラクター物じゃないと思っていた。 仮面ライダースナックとかみたいにキャラクターの名前がついておらず、アーモンドチョコとかコーヒー牛乳とか。 それが、カンヅメにはいなかっぺ大将の大ちゃんが描かれていた。 当時放送していたいなかっぺ大将のスポンサーはチョコボールの森永。 それで大ちゃんが描かれていたのだろうが、これじゃあいなかっぺ大将のカンヅメだと違和感があったのだけは覚えている。