【1000文字小説】夢の売り場で
ムラタは散歩がてら歩いて二十分程度の宝くじ売り場まで出かけた。つい最近まで猛暑だ熱中症だと騒がれていた気がするが、いつの間にか十一月になり街路樹の葉もほとんどが色づいている。歩道に落ちた落ち葉を踏みしめながら歩いていると、秋も深まっているんだなあと実感出来た。 商業施設の一角にある宝くじ売り場には並んでいる人は見えない。ムラタはポケットからこれまで買った宝くじ二百枚ほどを差し出した。年末ジャンボ、ドリームジャンボ、サマージャンボ、買っただけで当選番号を確認していなかった宝くじだ。 「これ、当たってる?」 「はい、少々お待ち下さいね」 四十ぐらいの宝くじ販売員はムラタから受け取った宝くじを機械の照合機にかけた。ん?という表情をした販売員はその後目を見開いて大きく口を開いた。 「これ、一等が当たってますよ」 「え? ホント?」 当たったのだ。ムラタは一瞬で人生が変わった気がした。これからは働かなくたっていいんだ。アパート暮らしは止めてマンションを買おう。二十年乗っている車も買い替えよう、世界一周旅行もいいなあ…。次から次へと出て来る妄想は、販売員の大声にかき消された。 「大当たりー!! 一等四億円大当たりー!! 」 販売員は鐘を取り出し、カランカランと力の限り振り始めた。顔を真っ赤にして声を出している。 「こ、声が大きいよ。声が」 大声を出す販売員にムラタは慌てた。ムラタの声を無視して販売員は大声で続けた。ハワイ旅行や温泉旅行が当たったのとは訳が違うのだ。周囲の人間にバレてしまうではないか。 「一等見事に大当たりーーー!! おめでとうございます!!」 「ち、ちょっと声が大きいよ。もうちょっと小さい声で…」 いつの間にか後ろに並んでいた買い物帰りらしい主婦が小声で「おめでとうございます」とムラタに声をかけた。 あちこちから視線を感じる。ムラタは周囲を見渡す。その中の一人は見覚えがある。近所の人だ。言いふらされるだろうか。あの人が四億円当たったのよ…。 「ここには四億円ありませんから、四億円は銀行の方へどうぞー」 販売員から大声で説明され、当たりくじを受け取ったムラタはそそくさと売り場を後にした。 これから銀行へ行こうか。ムラタは後ろを振り返った。つけられている気がする。俺が持っている当たりくじを...