【1000文字小説】レシートの端
レジで会計を済ませると、店員がレシートを手渡した。
「ありがとうございました」と言う声も、袋に入れる動作も、すべて丁寧で、特に何も引っかかるところはなかった。
家に帰って、買ったものを冷蔵庫にしまいながら、私は何気なくレシートを見た。
牛乳、卵、食パン、ヨーグルト。
間違っていない。
ただ、一番下の合計金額のすぐ上、紙の端に寄るようにして、見慣れない一行があった。
――ご利用ありがとうございます(2回目)
私は少しだけ眉をひそめた。
2回目?
今日あの店に行ったのは、確かに一度だけだ。
でも、昨日も行ったし、一昨日も行っている。近所だから、ほとんど毎日寄る。
「まあ、そういう表記もあるのかもしれない」
ポイントカードか何かと連動しているのだろう。そう思えば説明はつく。
私はレシートを折って、キッチンの引き出しに入れた。
折り目は、ちょうどその一行の上に重なった。
翌日も同じ店に寄った。
同じように牛乳を取り、同じ棚からヨーグルトを選ぶ。
レジに並ぶと、昨日と同じ店員がいた。
「ポイントカードお持ちですか?」
「いえ」
それも昨日と同じやりとりだ。
会計を終え、レシートを受け取る。
――ご利用ありがとうございます(3回目)
数字が一つ増えている。
私はその場でレシートを見つめた。
不思議ではない。
回数を数えているだけなら、こうなるのは自然だ。
ただ、なぜか少しだけ引っかかる。
「……昨日、2回目だったよな」
声に出すと、少しおかしな感じがした。
昨日が2回目なら、今日は3回目で合っている。何も間違っていない。
でも、どこかで「昨日が1回目だった気もする」と思っている自分がいる。
その“1回目”が、どうしても思い出せない。
家に帰って、昨日のレシートを引き出しから取り出した。
確かに書かれている。
――ご利用ありがとうございます(2回目)
その前の日のレシートも探す。
あった。
――ご利用ありがとうございます(2回目)
私はそこで手を止めた。
前の日も「2回目」だ。
さらに奥を探る。
くしゃくしゃに丸めた古いレシートがいくつも出てくる。
どれも同じ場所に、同じ一行がある。
――ご利用ありがとうございます(2回目)
――ご利用ありがとうございます(2回目)
――ご利用ありがとうございます(2回目)
そのどれにも、「1回目」はなかった。
私は指先で紙の端をなぞる。
そこだけ、少しだけ黒が濃い気がした。
翌日、私はまた店に行った。
今日は何も買わずに、レジの横にあるゴミ箱のあたりで立ち止まる。
前の客が会計を終え、レシートを受け取る。
その人は、何も気にせずレシートをポケットに入れた。
私は少し迷ってから、声をかけた。
「すみません、そのレシート、少し見せてもらえますか」
怪訝な顔をされたが、相手はすぐに差し出してくれた。
私はそこを指さす。
――ご利用ありがとうございます(2回目)
「……これ、毎回こうなんですか?」
相手は首をかしげる。
「え?普通じゃないですか」
「でも、初めての人でも2回目って……」
「いや、2回目でしょ」
相手は当然のように言う。
「だって、一回目って、覚えてないでしょう」
私は言葉に詰まる。
「……え?」
「最初のやつ」
相手は、少し考えるような顔をしたあと、曖昧に笑った。
「ほら、誰でもそうじゃないですか」
それ以上は何も言わず、レシートを受け取り直して去っていく。
レジの列はいつも通り流れている。
店員は同じ調子で会計を続けている。
何も壊れていない。
私は商品を一つだけ手に取り、レジに並んだ。
今度は、何も考えないようにする。
ただ、普通に買い物をする。
会計が終わり、レシートを受け取る。
紙の端に目を落とす。
――ご利用ありがとうございます(2回目)
私はそれを見て、少しだけ安心した。
変わっていない。
ずっと同じだ。
「……まあ、いいか」
私はレシートを折る。
ちょうどその一行が、内側に隠れるように。
ポケットに入れる。
2回目なら、きっと大したことではない。
1回目よりも、少しだけ慣れているはずだから。
――思い出せないだけで、もう終わっているのかもしれない。