【1000文字小説】遠い春
中学校の卒業式の日、体育館の窓の外には、まだ冬の寒さが残る鉛色の空が広がり、校庭の桜の蕾は固く閉ざされたままだった。卒業生の理沙は、卒業証書授与のために呼ばれる自分の名前を待ちながら、この三年間を振り返っていた。 事の発端は、本当に些細なことだった。一年の時、理沙はクラスで少し浮いていた、大人しい女の子が他の女子グループから教科書に落書きをされているのを目撃した。見過ごせなかった理沙は、「やめなよ」と勇気を出して声をかけた。その瞬間から、ターゲットは理沙に変わった。 「あんた、あの子の味方なの?」という一言から始まったいじめ。そして何よりも理沙を深く傷つけたのは、自分が助けたはずのそのおとなしい女の子までが、いじめる側に加わったことだった。 理沙が一人になった休み時間、その子は他のいじめっ子達と一緒に、理沙の悪口を笑いながら言っていた。その光景は、理沙の心に深い傷を残した。 無視、陰口、持ち物隠し、時には軽い暴力。いじめはエスカレートしていった。教師に相談しても無駄だった。「子供同士のこと」で片付けられ、状況は悪化する一方だった。他のクラスメイト達も、恐怖から見て見ぬふりを決め込んだ。彼らの無関心もまた、理沙にとっては辛いものだった。 卒業証書を受け取り、自分の席に戻る途中、理沙はかつてのいじめグループの顔を見た。彼女達は、緊張とも退屈ともつかない表情で前を向いていた。その中には、かつて理沙が助けようとしたあの女の子の姿もあった。彼女は理沙の姿を一瞬だけ目で追った。 理沙の心臓がどくんと鳴った。ようやく、あいつらと同じ空間にいなくて済む。苦しい記憶が頭の中を駆け巡り、胸のつかえが少しだけ和らいだ。 式が終わり、教室へ戻る道すがら、皆は別れを惜しむように騒いでいる。理沙は自分の席に座り、配布されたばかりの卒業アルバムを眺めた。皆の楽しそうな笑い声が耳障りだった。 担任教師の「高校に行っても、ここで出会った友達を大切に」という言葉が、理沙には虚しく響いた。自分を助けてくれなかった先生ともこれでお別れ。 下校の時間、理沙は誰とも言葉を交わすことなく、早足で昇降口へ向かった。もう二度と会いたくないクラスメイト達から離れて外に出ると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。あの中の何人かは同じ高校へ進学する。 理沙はまだ冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。次の場所では、どう...