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【1000文字小説】ベータの時代

 2016年3月、ソニーがベータマックス用ビデオカセットテープの出荷を終了した時、我々は一つの時代の終わりを目の当たりにしました。1975年に最初のベータマックスVTR「SL-6300」が世に出てから約40年。今、ベータマックスの手によって進化を遂げた、家庭の映像記録の歴史を振り返ってみましょう。 全ては1975年の発売から始まりました。当初の録画時間は1時間。それは当時の家庭にとって革命的な出来事でした。しかし、市場はすぐに競争の時代を迎えます。松下電器産業が2倍録画を可能とする「ベータII」規格を発表し、競争を煽ったのです。ソニーもこれに対抗し、改良を重ねて3倍モードを導入しました。一方、松下電器は単なる長時間化だけでなく、深層帯記録方式でHi-Fiステレオを追加し、差別化を図るなど、国内メーカー間の切磋琢磨により、技術は飛躍的に進化していきました。 1980年代に入ると、据え置き型だけでなく、持ち運び可能なカメラ一体型VTRへの需要が高まりました。日本ビクターは小型規格「ミニベータ」を開発し、手のひらサイズのカセットテープによって、運動会や旅行先での撮影を一気に身近なものにしました。このミニベータ一体型カメラの市場での大ヒットは、社会現象を巻き起こします。家庭で撮影したビデオをテレビ番組で紹介する視聴者参加型番組がゴールデンタイムの定番となり、ベータは一家に一台の必需品となったのです。 1990年代にはデジタル化の波が押し寄せました。ソニーは「デジタルベータ」を発売し、業務用技術を家庭用にフィードバックする事で、画質を飛躍的に向上させました。従来のベータデッキとの互換性を保ちつつ、デジタルならではのクリアな映像と音声は、アナログ時代からのユーザーを魅了しました。 2000年代に入ると状況は厳しくなります。テープというメディアのアクセスの遅さが決定的な弱点となったのです。ハードディスクドライブや半導体メモリといった、瞬時に頭出しが可能な新興メディアに人々は魅了され、ベータの販売台数は徐々に減少していきました。ソニーは「マイクロベータ」で対抗し、ハイビジョン記録を可能にしたものの、劣勢は覆しがたかったのです。 2016年、ソニーの出荷終了は、もはや驚きをもって迎えられる事はありませんでした。時代の流れは、もはや物理メディアではなく、デジタルデータへと完全に...