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【1000文字小説】モネと世界の断片

 モネの毛並みは艶やかで、深い黒の中にわずかに茶色が混じっている。尻尾の先だけがほんの少しだけ白いのが特徴的だ。ナオが印象派の絵画が好きで、光の当たり具合で毛並みの表情が変わる様子から「モネ」と名付けた。 モネのDVDの鑑賞場所はソファの上。クールで無口でほとんど鳴かず、静かに日々を過ごす。飼い主のナオが話しかけても、視線すら合わせないことが多い。感情表現は控えめで、喜びや不満も小さな仕草や鳴き声でしか示さない。 だが、ナオが世界旅行のドキュメンタリーを再生すると、モネの様子は一変する。アフリカの広大なサバンナを象が歩き、インドの雑踏で人々が賑わう。モネは、画面に映し出される映像に釘付けになる。尻尾はぴんと立ち、耳はわずかに震えている。 「いつか、こんな場所に行ってみたいな」 ナオはDVDのパッケージを手に取り、つぶやいた。そこには、エッフェル塔を背景に微笑むカップルの写真が載っている。ナオは、パリの街並みを恋人と歩く自分を想像していた。 「新婚旅行、ヨーロッパなんていいよなぁ。でも、そのためにはまず、お相手を見つけないとね」最近、マッチングアプリに登録してみたが、なかなかうまくいかないのだ。 ナオは、モネを抱き上げ、窓の外の景色を見せた。ベランダから見えるのは、向かいのマンションの規則的に並んだ窓明かりと、遠くを走る車のテールランプ。モネは、窓の外には目をくれず、ナオの腕の中で身をよじる。 「モネ、あんた、人間に変身して、一緒に旅してよ」 モネは、ナオの腕の中で、ただじっと画面を見つめている。もちろん、そんなことは起こらない。それは、ナオが自分自身を励ますための、ほんの小さなファンタジーだ。 モネは、いつもの定位置で世界旅行の画面に釘付けになっている。画面の中のライオンが大きく吠えた瞬間、普段は決して鳴かないモネが「にゃあ」と小さく鳴いた。ナオは、そんなモネの姿を、微笑みながら見つめていた。譲渡会でナオに引き取られた、元野良猫のモネ。ナオは、モネがどこで生まれ、どうやって生きてきたのかを知らない。でも、モネが画面に見入る姿を見るたびに、ナオは思うのだ。もしかしたら、モネは野良猫時代に、色々な場所を旅してきたのかもしれない。トラックの荷台に紛れ込んだり、船に乗り込んだりして、遠い国まで行ってきたのかもしれない。いつかモネと一緒に、世界を旅したいな。ナオは、そ...