【1000文字小説】気に入らない一日
「あー、もう!」 思わず声に出してしまい、ハッと口元を押さえた。朝の通勤電車。いつもの風景、いつもの喧騒。他人のヘッドホンから漏れる微かなシャカシャカ音が、今日の私の神経をやけに逆撫でする。普段なら気にも留めない音なのに。 朝起きた瞬間から、体の中に燻ぶるような苛立ちの炎が燃え上がっていた。目覚ましが鳴る前に目が覚めたこと自体が、もう気に食わない。寝不足じゃないのに、体が重い。洗面所の鏡に映った自分の顔は、冴えない表情。 化粧水が肌に馴染まない。トーストを少し焦がしてしまった。お気に入りのブラウスに小さなシミを見つけた時は、もう最悪だ。今日は一日中、何かから逃れられないような、そんな予感に襲われている。 「田中さん、この資料の修正、今日の夕方までにお願いできる?」 隣の席の先輩、山田さんからの声。普段は快く引き受ける仕事も、今日は「自分でやればいいじゃないですか」という言葉が喉元まで出かかった。なんとか笑顔を作って「はい」と答える。 昼休み。コンビニで買ったおにぎりを一口食べると、中の具が偏っていた。それだけで、食べる気が失せる。ベンチに座ってぼんやりと空を見上げても、青空が目に痛い。 午後一番の会議。部長の長々とした話、全く頭に入ってこない。ただ時間が過ぎるのを待つだけの苦痛な時間。誰かの小さな咳払い一つが、巨大な雑音のように耳障りだ。 一体何が原因なのか、自分でも分からない。生理前だから? 昨日の夜見たドラマの結末がモヤっとしたから? そんな些細な理由で、こんなにも世界が敵に見えるなんて。 定時になり、退社しようと準備を始める。ロッカーの鍵が開けにくい。それすら、この世界の悪意のように思える。 帰り道、スーパーに寄る。夕食の献立を決めるのも面倒で、適当にカゴに放り込んだ。レジで前の客がもたついていた。あー、もう! 早くしてよ! 家に帰り着き、鍵を開けて玄関に入る。真っ暗な部屋が、今日の私の気分そのものだ。バッグをソファに投げ出し、そのまま大きく息を吐き出す。 シャワーを浴びて、パジャマに着替える。少しだけ、苛立ちが和らいだ気がした。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プシュッと音を立てて開ける。一口飲んで、ベランダに出た。 夜風が少しだけ火照った頬を撫でる。遠くに見える街の灯りが、ぼんやりと瞬いている。 明日になれば、きっと今日のイライラは笑い話になっている...