【1000文字小説】雨の日曜日

 空梅雨だなんて言われていたが、今日は朝から雨が降り続いている。降り始めは細く頼りなかったが、昼前には粒が揃い、今は屋根や地面を均一に濡らす落ち着いた雨になっている。空は低く、雲は重たく垂れ下がり、遠くの建物の輪郭を少しだけ曖昧にしていた。


日曜午後の恒例の散歩に出かける。いつも一緒の妻は雨が苦手で、今日はソファに腰を落ち着け、湯気の立つマグカップを両手で包んで留守番だ。代わりに、カーテン越しに雨音を確かめるような視線が背中に残った。若いころは、こんなふうに別々の時間を過ごす日曜日を想像もしなかったが、今はそれが自然に収まっている。


雨が得意なのは、新しい長靴を買ってもらった子供ぐらいか、とひとりごちて傘を開く。もっとも、うちの子供たちはもう社会人になり、それぞれの場所で暮らしている。家を出ると、アスファルトは均一に濡れ、白線はくっきりと浮かび上がっている。雨粒が傘を叩く音は、時折強まり、また静まり返る。その変化が、歩く速さを自然に整えてくれる。


住宅地の角を曲がるたび、庭先の紫陽花が水を含んで色を深め、葉の縁から小さな雫が落ちる。昔なら、誰かに見せるために足を止めただろうが、今はただ横目で眺めて通り過ぎる。それでも、こうして歩く時間があること自体が、悪くないと思えるようになった。


最近は郊外のショッピングセンターに行くことが多く、この商店街を歩くのは久しぶりだ。シャッターの下りた店先に貼られた色褪せたポスター、雨避けの軒に集まる水が細い滝になって落ちる。人通りはまばらで、たまにすれ違う傘同士が軽く触れ、会釈だけが交わされる。会話はなくても、それで十分な距離感だ。


本屋をのぞくと、ガラス越しに灯りが滲んで見えた。ドアを開けると、紙とインクの匂いが雨の湿気と混ざり合い、静かな安心感を運んでくる。店の入口で傘を閉じ、濡れた先端を足元でそっと持て余しながら、新刊台の前に立つ。棚の背表紙を目で追う。最近は、読む量よりも、読む速さのほうが気になるようになった。ページをめくる音が、外の雨音に溶けていく。


店を出ると、雨は一段と細かくなり、アーケードの端では音を立てずに落ちていた。水たまりに広がる波紋も、先ほどより控えめだ。古い喫茶店の曇った窓には営業中の札が下がったままだが、中の様子はうかがえない。かつては人で賑わっていたであろう店先のベンチも、今日は雨に濡れて静かだ。


細い路地に入ると、雨に濡れた家並みが続き、ひっそりとした午後の時間が流れていた。雨に濡れた表札を横目に歩きながら、暮らしの重心が少しずつ内側に寄っていく年頃を思う。賑やかさを手放した代わりに、静けさが手元に残った。


家路につくころ、雨脚はさらに弱まり、空の色もわずかに明るくなっていた。靴底に伝わる冷えが心地よく、傘越しに聞く雨音も、もう背景に溶け込んでいる。玄関の灯りを思い浮かべながら、雨の日曜日はそれなりに悪くない、と静かに思えた。


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