【1000文字小説】欠勤した日の秋の雨

 朝から降り続く雨が、二十五階の窓の外に白い膜を張っていた。

天気予報では「一日中、弱い雨が降ったり止んだり」と告げていたが、ずっと途切れることなく降り続いている。

ぼんやりと霞む視界の向こうに、都市の輪郭が滲んでいる。

美咲がこのマンションに住み始めたのは、十五年付き合った恋人と別れたことがきっかけだ。

二人で選んだ部屋を出て、思い切って契約した高層階。親の援助がなければ到底無理だったろう。

新しい生活への期待と、一人で全てを背負うことへの不安が入り混じっていたが、今はもうすっかりここの生活に馴染んでいる。終の住処になるのだろうか。


いつもは出勤している時間だが、風邪で欠勤の連絡を会社に入れた。昨日の晩から何となく調子が悪い。風邪かなと思い寝れば治ると早めに布団に入ったが、あんまり変わりがない。熱は微熱程度だが、出勤して誰かに風邪をうつしてしまったら何を言われるかわからない。

雨の日はいつも頭が少し重く、身体が鉛のように沈み込んでいくのを感じる。こういう日には無理に元気を出そうとせず、ただ静かに雨音を聞いていよう。

カップに温かい紅茶を淹れ、窓際のソファに腰を下ろす。

指先にじんわりと伝わるマグカップの温かさが、冷えた心に少しだけ沁み渡るようだった。


秋の雨は「秋霖」とも呼ばれるらしい。以前、テレビの教養番組で知った言葉だ。

夏の名残を洗い流し、一気に季節を進ませる雨。

窓ガラスを滑り落ちる雫が、一筋の線を描いては消えていく。


眼下の街は、雨の中でも休むことなく営みを続けている。

律儀に信号に従う車が行き交い、傘をさした人々が忙しそうに歩いている。傘の色は、黒や紺、グレーといった無彩色のものがほとんどだが、時折鮮やかな赤や黄色が混ざる。

景色を見ているうちに美咲は、自分だけがぽつんと取り残されているような感覚を覚えた。それは子供の頃、風邪で学校を休んで寝ていた午前中、みんな今頃授業を受けてるんだろうなと思ったように、いつもの日常から自分だけが切り離されたような感覚だった。


夕方になり、雨脚が少し弱まってきた。

街の明かりがぽつり、ぽつりと灯り始め、水面に反射している。

やがて空は深い藍色に染まり、夜の帳が降りてきた。

部屋の電気をつけず、キャンドルに火を灯す。百貨店の雑貨フロアで買った、手のひらサイズの丸いピラーキャンドルだ。揺らめく炎の光が、部屋全体を優しい温かさで包み込む。

美咲は、静かに目を閉じた。(1000文字)


<1000文字小説目次>




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