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【1000文字小説】徳を積むのはデート中

 頬を撫でる風が少しひんやりと心地よい。市内を一望できる丘の上の公園を待ち合わせ場所に指定したのは、達也だった。広大な芝生と、色鮮やかに咲き誇る花々。初めてのデートには理想的なロケーションだ。 九時半、白いTシャツにデニムという爽やかな出で立ちの達也が、小春を見つけるなり満面の笑みを浮かべて手を振った。小春も手を振り返すが、達也の手を振る方とは反対の手にゴミバサミが握られているのが気になった。 おしゃべりを楽しみながら園内を散策していると、達也はゴミバサミを使って時折空き缶やらタバコの吸い殻を拾っている。 「ちょっと、達也くん、何してるの?」 思わず尋ねると、達也は拾ったゴミを片手に、屈託のない笑顔で答えた。 「ん? 善行を積んでるんだよ」 ゼンコーって、何? 「デート中だよ? せっかくの、二人きりの時間なのに」 小春の声は、少しだけ不満を滲ませていた。達也はそんな小春の気持ちに気づいた様子もない。幼い頃から聞かされてきた「善い行いは自分に返ってくる」という祖母の言葉が、達也の行動の原点だった。祖母の言葉は、デートよりも優先すべき人生の指針だったのだ。 「ゴミを拾ったら、拾った分だけ徳を積めるんだ」 トクを積めるんだって、何? え、ポイントカードじゃないよね? 彼の真っ直ぐな瞳に、小春は何も言い返せなかった。達也はまるで宝探しでもするかのように、道端のゴミを探している。 (もしかして、達也くんに友達がいないって噂、本当なのかも。これが原因?)心の中でそんな思いがよぎる。初デートの彼が、こんなにも真面目で、善良な人だなんて。でも、それが小春を戸惑わせる。 「お、ここにもあった」 達也がまた一つ、ゴミを拾い上げる。小春の視線に達也は「気が付かなくてすまない。小春ちゃんも徳を積む?」とゴミバサミを差し出してきた。 「うーん、あたしは、いいかな。あたしがそれ使うと、達也くん困るでしょ」 「いいや、全然。コレがない時はいつも手で拾ってるから」と言いながらゴミバサミをグイグイと差し出す。 「……じ、じゃあお借りするかしら」彼の真っ直ぐな瞳に、ちょっとだけ胸が高鳴った。 達也は満足げに笑ってゴミ袋を振りながら歩き出す。小春は達也に素手でゴミを拾わせるなんてできず、素早くゴミを見つけ、拾う。拾う。拾う。もうゴミよ出てくるなと思っても、尽きることがない。タバコの吸い殻、ペット...