【1000文字小説】放課後だけの見えない友達
放課後の教室。帰り支度をする生徒たちの足音が遠ざかり、校舎は静けさを取り戻しつつあった。
私はずっと見ていた窓際の席へ向かう。午前中から、ずっとそこにいた女の子。淡い輪郭、少し年代の違う制服。誰も気づかないまま過ぎていく、その存在感。
私は代々“見える”一族に生まれた。
子どもの頃から人ならざるものを普通の人と同じように見てしまう体質は、便利でもあり、面倒でもある。
近づくと、彼女がふっとこちらを向いた。
その瞬間、胸が高鳴る――この感覚は、久しぶりだった
「あの……聞こえる?」
そっと声をかける。
女の子は、ぽかんと目を丸くした。
「え、ちょっと待って。今、私に話しかけてる?」
「うん。あなたに」
彼女は慌てて自分を指さす。
「え、えええ!? マジで? やっと―!? 見えるの?聞こえるの?本当に??」
驚きようがあまりにも人間らしくて、私は思わず笑ってしまう。
「うん。私、見えるんだ」
「いや〜〜〜っっと! 長かったわー!!」
彼女は机にうつ伏してバタバタし、それから勢いよく顔を上げた。
「ねえねえ、名前は? あ、違う、まずは自己紹介か! えっとね、私、木下ひより!」
そう言って胸を張る姿は、生きている子と何も変わらない。
ただ――輪郭が少しだけ光に溶けている。
「私は……」
名乗ろうとすると、ひよりは食い気味に言った。
「いやー、ほんっと聞いてほしいんだけどさあ」
開口一番、彼女は明るい顔で言った。
「死んじゃってさあ、私。いやほんと、これから女子高生楽しむってときにさあ、終わっちゃったのよ」
「え……そんな軽いテンションで言うこと?」
「軽く言わなきゃ重くなるでしょ! 重くなったら余計成仏できないじゃん」
彼女はけらけら笑う。
その笑顔は明るいのに、どこか薄くて、光が揺れていて――なのに、寂しさより先に親しみが湧く。
「ずっと、ここにいたの?」
「うん! 三十年くらいかな。暇すぎて教科書暗記したし、テストならそこそこいけるかも」
「それは、すごいのか、悲しいのか……」
「悲しいよ!? そりゃもう!!」
と笑って言うけれど、その“そりゃもう”の間に、三十年という重みがわずかに滲んだ。
誰にも見つけてもらえず、声も届かず、ただ季節だけが通り過ぎていった三十年。
彼女はそれを冗談みたいに扱いながら、決して笑いきれてはいなかった。
放課後の光の中、私たちは静かな教室で向かい合う。
生きている私と、誰にも見えないまま残ってしまったひより。
お互いの存在を確かめるように、小さな会話が続いていく。
窓の外では、夕方の風が桜の花びらをさらっていった。