【1000文字小説】狼少女の走る夢
 タカシの隣の席に座る山神さんの尻尾は、時々気まぐれな波を描く。彼女の耳がぴくりと動くたび、柔らかな毛先が光を反射する。山神さんは父親の都合で引っ越してきて、この春小学校に入学した。山神さんの住んでいた村では他の場所へ引っ越す者はまれで、山神さんちが村を出たのも三十年ぶりだという話だ。 体育の授業は、かけっこが一番得意な山神さんの独壇場だ。山神さんはまだ一年生だが、六年生よりも速い。スタートの合図とともに、彼女は一気に飛び出し、他の子供は全く追いつけない。風を切る彼女の姿は、まるで一頭の狼が草原を駆けているかのようだ。ゴールすると彼女は「へへへー」と笑い得意そうだ。タカシは足が遅いので、山神さんの速さが羨ましい。だが水泳の授業となると、山神さんは途端に様子が変わる。彼女が水しぶきを上げるたびに、どこか不格好な動きになってしまう。手足は懸命に動いているのだが、水の中では自由が利かないようだ。タカシは、水面に顔を出したまま、必死に水を掻くその姿を、思わず「犬かきだ」と心の中で呟いた。 給食の時間。献立はみんなが大好きなカレーライス。クラス中が楽しそうな雰囲気で、カレーの匂いが教室いっぱいに広がっていく。タカシはちらりと山神さんの方を見る。山神さんは、給食時間が苦手だ。すでに少し冷めているはずのカレーライスをスプーンでひとすくいし、口に運ぶ。すると、小さく「熱っ」と呟き、ふぅふぅと息を吹きかけて冷まして食べる。尻尾が微かに震えているのが、タカシの目にも見えた。狼だけど猫舌なのだ。早く食べておかわりしたいのだが、なかなか減らない。タカシは、山神さんの焦った表情を見て、自分もペースを合わせてゆっくり食べる。 放課後。山神さんがぽつりと呟いた。「私、かけっこは得意だから、オリンピックにも出れればなー」 狼人間である山神さんは、人間とは違う。だから、オリンピックには出られない。そのことを知ってか、知らないでか、クラスの誰もが彼女の圧倒的な速さに憧れを抱いている。 「大丈夫だよ」 タカシは、気がつけばそう言っていた。山神さんが琥珀色の瞳でタカシを見つめる。「オリンピックに出られなくても、山神さんは山神さんだよ。僕、山神さんの走る姿、かっこいいと思う」 「へへ、そうでしょ。カッコいいでしょ。よく言われるんだ」尻尾が大きく揺れているのが見えた。彼女の大きな瞳は、今日も琥珀色に輝...