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【1000文字小説】世界の叡智と隣の席

 隣の席のトキオは、有名な変わり者だ。クラスの連中はみんなそう思っている。トキオには「見えない友達」がいるからだ。俺はトキオの隣という特等席で、毎日その光景を観察している。 入学して間もない頃の休憩時間、トキオが空っぽの空間に話しかけていた。最初は独り言かと思った。でも、楽しそうに笑ったり、少し拗ねたような顔をしたりするトキオは、明らかに誰かとの会話を楽しんでいるようだった。俺は怖くなって、思わず目を逸らした。 子供の頃、俺にも空想の友達がいた。公園の砂場で一緒に遊んだり、夜寝る前にベッドの中で話しかけたりした、見えない友達だ。でも、いつの間にか、その存在は薄れていった。成長するにつれて、俺は現実の友達と遊ぶようになり、空想の友達は忘れ去られていった。それは、ごく自然なことだと思っていた。だってみんなそうだったから。だから、もう十六歳だというのに、今も空想の友達と話しているトキオが、俺には異質に思えた。 トキオは変わり者ではあるが、頭はいい。 「すごいな。全科目トップだなんて」 「彼に試験の内容を教えてもらったんだ。俺にしか見えないシンってやつなんだけどさ」 トキオはそう言って、まるでそこにシンがいるかのように、空中を優しく撫でた。 「小さい頃からずっと一緒なんだ。シンは世界の叡智と繋がってるから、どんなことでも知ってるんだよ」 世界の叡智、か。大袈裟だなと心の中で思った。厨二病的な言葉だ。だが全科目トップという揺るぎない事実。結果が伴っている以上、その話もホラ話とは切り捨てられない。シンは本当に、俺たちの想像をはるかに超えた存在なのかもしれない。 俺は半信半疑ながらも、成績トップという事実が示すシンへの畏敬の念と、その存在の真偽を確かめたいという好奇心から質問をした。 「明日の数学の小テスト、どこが出るか分かるか」 トキオは隣の席に目を向け、数秒後、俺に微笑みかけた。 「先生が前に言ってた問題集のページの、偶数番号の問題だってさ」 次の日、小テストの蓋を開けてみると、トキオが言った通りの問題が並んでいた。俺はトキオの言葉が真実であることを確信し、畏怖の念を覚えた。世界の叡智と繋がっているシンとは一体、何者なのだろう。 「なあ、シンはどんな姿をしてるんだ」 トキオは少し寂しそうに微笑み、何もない空間を見つめた。 「それは、俺だけの秘密だよ」 そう言って、トキ...

【1000文字小説】三十歳までのシンデレラ・プロジェクト

 「ええっ、嘘でしょ?」 スマホを握りしめた私の手は、微かに震えた。画面では顔の下半分しか見えないが、一条健課長に間違いない。満面の笑みで巨大なアニメフィギュアを抱えている。アカウント名は「フィギュアスレイヤーKEN」。彼の洗練された仕事ぶりとはかけ離れた投稿の数々が、私の目に飛び込んできた。 一条課長のすらりとした長身に涼しげな目元、どんな難題もクールに解決する姿は社内の女性陣の憧れの的。そして私、入社三年目の相沢花織、三十歳までには絶対結婚したいという野望を持つ平凡なOLも、その「一条信者」の一人だ。 そんな彼の「裏の顔」は衝撃的だ。「今日の戦利品!この造形美はもはや芸術だ!」というコメントと共に投稿された、精巧なフィギュアの写真。私は笑いを堪えきれなかった。 翌日から、「一条課長攻略大作戦」が始まった。彼のSNSで頻繁に出てくるアニメ『スターライト☆マジカル』のキーホルダーを、目立つように会社のIDケースに付けた。朝の挨拶の際、課長の視線が一瞬だけキーホルダーに留まったのを、私は見逃さなかった。 業務中に誰もいない給湯室で、スタ☆マジのテーマソングを小さな鼻歌で歌う。課長が通りかかった気配を感じて、少しだけボリュームアップ。「ふんふ〜ん」と歌っていると、彼の足音が給湯室の前で一度止まった。 課長に書類のサインをお願いする際、スタ☆マジキャラクターのイラストが入ったボールペンをさりげなく差し出した。「あれ、それ……」と課長が食いつきかけたが、すぐにクールな上司の顔に戻り、「ありがとう」とだけ言って書類にサインした。 彼は、自分がフィギュア好きだと女性社員に知られたら「キモい」と引かれる、自分からは絶対に話題を振ってはいけない、と強く思い込んでいるようだ。だからこそ、私のアピールにも反応しきれずにいるのだろう。 エレベーターで二人きりの帰り道、私が口火を切った。 「課長、私のキーホルダー、『スタ☆マジ』っていうんですけど、知ってます?」 課長はびくっと肩を震わせた。「あ、ああ……知らないな。好き、なのか?」まるで尋問するかのように小さな声で聞いてきた。私は満面の笑みで「はい! 大好きなんです!」と答えた。「課長はどうですか」「うーん、僕はそういうのはよくわからないなぁ」 いえいえ課長、私は知ってます。仮面の下のフィギュア愛も知ってます。きっとフィギュアより...

【1000文字小説】狼少女の走る夢

 タカシの隣の席に座る山神さんの尻尾は、時々気まぐれな波を描く。彼女の耳がぴくりと動くたび、柔らかな毛先が光を反射する。山神さんは父親の都合で引っ越してきて、この春小学校に入学した。山神さんの住んでいた村では他の場所へ引っ越す者はまれで、山神さんちが村を出たのも三十年ぶりだという話だ。 体育の授業は、かけっこが一番得意な山神さんの独壇場だ。山神さんはまだ一年生だが、六年生よりも速い。スタートの合図とともに、彼女は一気に飛び出し、他の子供は全く追いつけない。風を切る彼女の姿は、まるで一頭の狼が草原を駆けているかのようだ。ゴールすると彼女は「へへへー」と笑い得意そうだ。タカシは足が遅いので、山神さんの速さが羨ましい。だが水泳の授業となると、山神さんは途端に様子が変わる。彼女が水しぶきを上げるたびに、どこか不格好な動きになってしまう。手足は懸命に動いているのだが、水の中では自由が利かないようだ。タカシは、水面に顔を出したまま、必死に水を掻くその姿を、思わず「犬かきだ」と心の中で呟いた。 給食の時間。献立はみんなが大好きなカレーライス。クラス中が楽しそうな雰囲気で、カレーの匂いが教室いっぱいに広がっていく。タカシはちらりと山神さんの方を見る。山神さんは、給食時間が苦手だ。すでに少し冷めているはずのカレーライスをスプーンでひとすくいし、口に運ぶ。すると、小さく「熱っ」と呟き、ふぅふぅと息を吹きかけて冷まして食べる。尻尾が微かに震えているのが、タカシの目にも見えた。狼だけど猫舌なのだ。早く食べておかわりしたいのだが、なかなか減らない。タカシは、山神さんの焦った表情を見て、自分もペースを合わせてゆっくり食べる。 放課後。山神さんがぽつりと呟いた。「私、かけっこは得意だから、オリンピックにも出れればなー」 狼人間である山神さんは、人間とは違う。だから、オリンピックには出られない。そのことを知ってか、知らないでか、クラスの誰もが彼女の圧倒的な速さに憧れを抱いている。 「大丈夫だよ」 タカシは、気がつけばそう言っていた。山神さんが琥珀色の瞳でタカシを見つめる。「オリンピックに出られなくても、山神さんは山神さんだよ。僕、山神さんの走る姿、かっこいいと思う」 「へへ、そうでしょ。カッコいいでしょ。よく言われるんだ」尻尾が大きく揺れているのが見えた。彼女の大きな瞳は、今日も琥珀色に輝...

【1000文字小説】猫のくせに、生意気だ

 日曜の昼下がり、私とヘンはリビングのソファで、一緒にテレビのお笑い番組を見ていた。私は応援している若手を見て笑っていたが、ヘンは少し寂しそうな声で言った。「うーん、まだまだだな」 テレビを見た後はゲーム大会だ。私はウィーの『マリオカート』を起動する。ヘンはにゃあと鳴きながら肉球でAボタン、しっぽでアナログスティックを操作してワルイージを操り、私のピーチ姫に差をつける。私が「ちょ、ヘン、それはずるいって!」と笑いながら言うと、ヘンは得意げに鼻を鳴らししっぽを振る。二人の笑い声が響く夜まで、私の何よりの癒しだ。 ヘンと出会ったのは、仕事帰りに時々立ち寄るペットショップでのことだ。職場での人間関係の疲れが、動物達を見ていると消えていく。その中で、一匹だけ私を見つめている猫がいた。目が合った次の瞬間、澄んだ男の声が聞こえた。 「お姉さん、俺を飼えばいいことあるぜ」 私は慌てて店員さんを呼び、「この猫、喋りますよ!」と興奮気味に伝えた。だが、店員さんは冷静だった。「猫はしゃべりません。喋るのはオウムや九官鳥です」と、不思議そうな顔で言うばかり。飼い始めてから、「俺が話すのは週に一回だけだぜ」とヘン自身が教えてくれた。モンガーみたいだが「何とかだにゃ」とは言わないの?と聞くとにゃーと鳴くばかり。語尾ににゃはつかないようだ。 たまにヘンとのバスタイム。私が湯船にお湯を張ると、時折ヘンは浴槽の縁に座る。猫なのに私がシャワーを浴びている間、私の髪の毛にじゃれついたり、湯船に顔を近づけて遊んだりする。「ヘン、水しぶきがかかるよ」と私が言うと、ヘンは私の腕にそっと前足を乗せ、私の髪の毛に顎を擦り付ける。ヘンの温かい体温と、柔らかい毛並みに触れていると、仕事の疲れが溶けていくのを感じる。 私は職場で先輩から理不尽に責められ、悩んでいた時があった。一人でリビングの床に座り込んで泣いていると、ヘンがそばにやってきて、私の膝に前足を乗せた。「泣くなよ、由紀は由紀のままでいいんだから」ヘンの言葉に私は顔を上げた。私は「…ネコのくせに」と言いながらヘンを抱きしめ、ヘンは私の腕の中で静かに私の涙を受け止めた。「世話が焼けるぜ」と聞こえた。「え? また喋った?」だがヘンは私の顔を見つめるだけだ。幻聴だったのかもしれない。 よくペットを飼うと婚期を逃すっていうけど、なるほどこういうことか、と私は...