投稿

7月, 2014の投稿を表示しています

【1000文字小説】狼少女の走る夢

 タカシの隣の席に座る山神さんの尻尾は、時々気まぐれな波を描く。彼女の耳がぴくりと動くたび、柔らかな毛先が光を反射する。山神さんは父親の都合で引っ越してきて、この春小学校に入学した。山神さんの住んでいた村では他の場所へ引っ越す者はまれで、山神さんちが村を出たのも三十年ぶりだという話だ。 体育の授業は、かけっこが一番得意な山神さんの独壇場だ。山神さんはまだ一年生だが、六年生よりも速い。スタートの合図とともに、彼女は一気に飛び出し、他の子供は全く追いつけない。風を切る彼女の姿は、まるで一頭の狼が草原を駆けているかのようだ。ゴールすると彼女は「へへへー」と笑い得意そうだ。タカシは足が遅いので、山神さんの速さが羨ましい。だが水泳の授業となると、山神さんは途端に様子が変わる。彼女が水しぶきを上げるたびに、どこか不格好な動きになってしまう。手足は懸命に動いているのだが、水の中では自由が利かないようだ。タカシは、水面に顔を出したまま、必死に水を掻くその姿を、思わず「犬かきだ」と心の中で呟いた。 給食の時間。献立はみんなが大好きなカレーライス。クラス中が楽しそうな雰囲気で、カレーの匂いが教室いっぱいに広がっていく。タカシはちらりと山神さんの方を見る。山神さんは、給食時間が苦手だ。すでに少し冷めているはずのカレーライスをスプーンでひとすくいし、口に運ぶ。すると、小さく「熱っ」と呟き、ふぅふぅと息を吹きかけて冷まして食べる。尻尾が微かに震えているのが、タカシの目にも見えた。狼だけど猫舌なのだ。早く食べておかわりしたいのだが、なかなか減らない。タカシは、山神さんの焦った表情を見て、自分もペースを合わせてゆっくり食べる。 放課後。山神さんがぽつりと呟いた。「私、かけっこは得意だから、オリンピックにも出れればなー」 狼人間である山神さんは、人間とは違う。だから、オリンピックには出られない。そのことを知ってか、知らないでか、クラスの誰もが彼女の圧倒的な速さに憧れを抱いている。 「大丈夫だよ」 タカシは、気がつけばそう言っていた。山神さんが琥珀色の瞳でタカシを見つめる。「オリンピックに出られなくても、山神さんは山神さんだよ。僕、山神さんの走る姿、かっこいいと思う」 「へへ、そうでしょ。カッコいいでしょ。よく言われるんだ」尻尾が大きく揺れているのが見えた。彼女の大きな瞳は、今日も琥珀色に輝...

【1000文字小説】猫のくせに、生意気だ

 日曜の昼下がり、私とヘンはリビングのソファで、一緒にテレビのお笑い番組を見ていた。私は応援している若手を見て笑っていたが、ヘンは少し寂しそうな声で言った。「うーん、まだまだだな」 テレビを見た後はゲーム大会だ。私はウィーの『マリオカート』を起動する。ヘンはにゃあと鳴きながら肉球でAボタン、しっぽでアナログスティックを操作してワルイージを操り、私のピーチ姫に差をつける。私が「ちょ、ヘン、それはずるいって!」と笑いながら言うと、ヘンは得意げに鼻を鳴らししっぽを振る。二人の笑い声が響く夜まで、私の何よりの癒しだ。 ヘンと出会ったのは、仕事帰りに時々立ち寄るペットショップでのことだ。職場での人間関係の疲れが、動物達を見ていると消えていく。その中で、一匹だけ私を見つめている猫がいた。目が合った次の瞬間、澄んだ男の声が聞こえた。 「お姉さん、俺を飼えばいいことあるぜ」 私は慌てて店員さんを呼び、「この猫、喋りますよ!」と興奮気味に伝えた。だが、店員さんは冷静だった。「猫はしゃべりません。喋るのはオウムや九官鳥です」と、不思議そうな顔で言うばかり。飼い始めてから、「俺が話すのは週に一回だけだぜ」とヘン自身が教えてくれた。モンガーみたいだが「何とかだにゃ」とは言わないの?と聞くとにゃーと鳴くばかり。語尾ににゃはつかないようだ。 たまにヘンとのバスタイム。私が湯船にお湯を張ると、時折ヘンは浴槽の縁に座る。猫なのに私がシャワーを浴びている間、私の髪の毛にじゃれついたり、湯船に顔を近づけて遊んだりする。「ヘン、水しぶきがかかるよ」と私が言うと、ヘンは私の腕にそっと前足を乗せ、私の髪の毛に顎を擦り付ける。ヘンの温かい体温と、柔らかい毛並みに触れていると、仕事の疲れが溶けていくのを感じる。 私は職場で先輩から理不尽に責められ、悩んでいた時があった。一人でリビングの床に座り込んで泣いていると、ヘンがそばにやってきて、私の膝に前足を乗せた。「泣くなよ、由紀は由紀のままでいいんだから」ヘンの言葉に私は顔を上げた。私は「…ネコのくせに」と言いながらヘンを抱きしめ、ヘンは私の腕の中で静かに私の涙を受け止めた。「世話が焼けるぜ」と聞こえた。「え? また喋った?」だがヘンは私の顔を見つめるだけだ。幻聴だったのかもしれない。 よくペットを飼うと婚期を逃すっていうけど、なるほどこういうことか、と私は...