【1000文字小説】三十歳までのシンデレラ・プロジェクト

 「ええっ、嘘でしょ?」

スマホを握りしめた私の手は、微かに震えた。画面では顔の下半分しか見えないが、一条健課長に間違いない。満面の笑みで巨大なアニメフィギュアを抱えている。アカウント名は「フィギュアスレイヤーKEN」。彼の洗練された仕事ぶりとはかけ離れた投稿の数々が、私の目に飛び込んできた。


一条課長のすらりとした長身に涼しげな目元、どんな難題もクールに解決する姿は社内の女性陣の憧れの的。そして私、入社三年目の相沢花織、三十歳までには絶対結婚したいという野望を持つ平凡なOLも、その「一条信者」の一人だ。


そんな彼の「裏の顔」は衝撃的だ。「今日の戦利品!この造形美はもはや芸術だ!」というコメントと共に投稿された、精巧なフィギュアの写真。私は笑いを堪えきれなかった。


翌日から、「一条課長攻略大作戦」が始まった。彼のSNSで頻繁に出てくるアニメ『スターライト☆マジカル』のキーホルダーを、目立つように会社のIDケースに付けた。朝の挨拶の際、課長の視線が一瞬だけキーホルダーに留まったのを、私は見逃さなかった。


業務中に誰もいない給湯室で、スタ☆マジのテーマソングを小さな鼻歌で歌う。課長が通りかかった気配を感じて、少しだけボリュームアップ。「ふんふ〜ん」と歌っていると、彼の足音が給湯室の前で一度止まった。


課長に書類のサインをお願いする際、スタ☆マジキャラクターのイラストが入ったボールペンをさりげなく差し出した。「あれ、それ……」と課長が食いつきかけたが、すぐにクールな上司の顔に戻り、「ありがとう」とだけ言って書類にサインした。


彼は、自分がフィギュア好きだと女性社員に知られたら「キモい」と引かれる、自分からは絶対に話題を振ってはいけない、と強く思い込んでいるようだ。だからこそ、私のアピールにも反応しきれずにいるのだろう。


エレベーターで二人きりの帰り道、私が口火を切った。

「課長、私のキーホルダー、『スタ☆マジ』っていうんですけど、知ってます?」

課長はびくっと肩を震わせた。「あ、ああ……知らないな。好き、なのか?」まるで尋問するかのように小さな声で聞いてきた。私は満面の笑みで「はい! 大好きなんです!」と答えた。「課長はどうですか」「うーん、僕はそういうのはよくわからないなぁ」

いえいえ課長、私は知ってます。仮面の下のフィギュア愛も知ってます。きっとフィギュアより私に夢中にさせて見せます!!(文字数:998)


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