【1000文字小説】猫のくせに、生意気だ
日曜の昼下がり、私とヘンはリビングのソファで、一緒にテレビのお笑い番組を見ていた。私は応援している若手を見て笑っていたが、ヘンは少し寂しそうな声で言った。「うーん、まだまだだな」
テレビを見た後はゲーム大会だ。私はウィーの『マリオカート』を起動する。ヘンはにゃあと鳴きながら肉球でAボタン、しっぽでアナログスティックを操作してワルイージを操り、私のピーチ姫に差をつける。私が「ちょ、ヘン、それはずるいって!」と笑いながら言うと、ヘンは得意げに鼻を鳴らししっぽを振る。二人の笑い声が響く夜まで、私の何よりの癒しだ。
ヘンと出会ったのは、仕事帰りに時々立ち寄るペットショップでのことだ。職場での人間関係の疲れが、動物達を見ていると消えていく。その中で、一匹だけ私を見つめている猫がいた。目が合った次の瞬間、澄んだ男の声が聞こえた。
「お姉さん、俺を飼えばいいことあるぜ」
私は慌てて店員さんを呼び、「この猫、喋りますよ!」と興奮気味に伝えた。だが、店員さんは冷静だった。「猫はしゃべりません。喋るのはオウムや九官鳥です」と、不思議そうな顔で言うばかり。飼い始めてから、「俺が話すのは週に一回だけだぜ」とヘン自身が教えてくれた。モンガーみたいだが「何とかだにゃ」とは言わないの?と聞くとにゃーと鳴くばかり。語尾ににゃはつかないようだ。
たまにヘンとのバスタイム。私が湯船にお湯を張ると、時折ヘンは浴槽の縁に座る。猫なのに私がシャワーを浴びている間、私の髪の毛にじゃれついたり、湯船に顔を近づけて遊んだりする。「ヘン、水しぶきがかかるよ」と私が言うと、ヘンは私の腕にそっと前足を乗せ、私の髪の毛に顎を擦り付ける。ヘンの温かい体温と、柔らかい毛並みに触れていると、仕事の疲れが溶けていくのを感じる。
私は職場で先輩から理不尽に責められ、悩んでいた時があった。一人でリビングの床に座り込んで泣いていると、ヘンがそばにやってきて、私の膝に前足を乗せた。「泣くなよ、由紀は由紀のままでいいんだから」ヘンの言葉に私は顔を上げた。私は「…ネコのくせに」と言いながらヘンを抱きしめ、ヘンは私の腕の中で静かに私の涙を受け止めた。「世話が焼けるぜ」と聞こえた。「え? また喋った?」だがヘンは私の顔を見つめるだけだ。幻聴だったのかもしれない。
よくペットを飼うと婚期を逃すっていうけど、なるほどこういうことか、と私はヘンを見ながら思うのだ。(文字数:1000)