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【1000文字小説】作りすぎと満腹と

 「また作りすぎちゃったな」 花織の趣味は、凝った料理を作ること。しかし、食卓に並ぶ色とりどりの料理を前に、花織は寂しげな笑みを浮かべる。最近離婚し、それまで夫のために振る舞っていた料理を作る相手がいなくなってしまったのだ。越してきたマンションでの一人暮らしには多すぎる量ばかりで、料理への情熱も空回りしていた。 花織がため息をついていると、ちょうど隣の部屋のドアが開く音がした。見ると、疲れた様子の女性が部屋から出てきたところだ。 「あの、初めまして」意を決して花織は声をかけた。「お隣です。もし、お時間があれば……今、夕飯を作りすぎてしまって。一緒にどうですか?」 女性は目を丸くしたが、花織の切羽詰まったような表情を見て微笑んだ。「え、いいんですか?実は、ちょうどコンビニに行こうとしていたところで」 女性は木崎涼と名乗り、三十路前の花織と同じくらいらしい。「へぇー、木崎涼って、私の好きな漫画家さんの本名と一緒ですね」と花織が言うと、涼は遠慮がちに「それ、あたしですよ」「え、もしかして……あの『星降るカフェテリア』って、涼さんが描いてるんですか!?」 興奮する花織。大好きな漫画の作者が隣人だったなんて、奇跡としか思えない。 「星カフェの昴くん、推しなんですよ。出てくるカフェメニューも全部美味しそうで。あ、冷めないうちにどうぞ」 食卓に並んだローストビーフ、キッシュ、山盛りサラダを見て、涼は目を輝かせた。「わあ!すごいご馳走!」 そして、花織が驚くほどの食べっぷりを見せた。まるで戦場に赴く兵士のように、一切の迷いなくフォークとナイフを動かし、ローストビーフを次々と口に運ぶ。キッシュは一切れが二口で消え、山盛りのサラダも、まるで胃袋に吸い込まれていくかのように瞬く間に平らげられていった。 「ひ、人ってあんなに早く食べられるんだ」 料理はあっという間になくなっていく。 「た、足りないかな」 「……いつもはこれくらいで十分なんですけど、マンガ描くのってストレスで、ストレス溜まるといっぱい食べたくなっちゃうんです」 花織はまずは卵かけご飯を出して場を繋ぎ、追加の料理を作るがそれもどんどん平らげていく涼。 そしてようやく、「本当に美味しかったです!ありがとうございました!」お腹いっぱいになった涼の笑顔は、シリアスな恋愛マンガの作者とは思えないほど無邪気だった。こうして、二人...