【1000文字小説】雨の所在
雨は、朝から同じ強さで降り続いていた。
強いわけではない。弱いわけでもない。ただ「一日続く雨」として予定された通りの降り方をしている。
美奈は台所で湯を沸かしながら、窓の外を見ないようにしていた。
見ると、少しだけ気分が引っ張られるからだ。
ガラスの向こうには、白く濁った世界がある。建物の輪郭はあるのに、距離だけが失われている。二階建ての家も、電柱も、ただそこに“在る”というより、雨の中に仮に置かれているだけのように見える。
テレビはつけっぱなしだった。
天気予報士が、昨日と同じ声で「本日も降水確率は高い」と言う。
その言い方が、もう予報ではなく確認のようだった。
美奈は紅茶のティーバッグをカップに落とし、ゆっくりと色が広がるのを見ていた。
雨の日は、時間が少し遅くなる。
そう思っていたのは昔のことで、今はむしろ、時間が「均される」と感じる。どの瞬間も同じ厚みになって、区別がつかなくなる。
朝と昼と夜が、同じ灰色の層として積もっていく。
ソファに座ると、布の沈み方がいつもより深い。
身体が少し重い。
風邪というほどではない。ただ、雨の日特有のだるさだと自分に言い聞かせる。
窓の外では、向かいのマンションの人影が見える。
洗濯物は当然干されていない。
どの家も同じだ。
雨は生活を止めないが、少しずつ選択肢を減らしていく。
「今日はやめておこう」
そう言えることが増える日ほど、街は静かになる。
午後、スーパーに行くべきかどうか迷ったが、結局やめた。
冷蔵庫にはまだ食べられるものがある。
「まだ大丈夫」という判断は、いつも雨の日に強くなる。
美奈は冷蔵庫を開け、卵と野菜を確認する。
問題はない。
問題はない、という状態が、少しだけ不安だった。
夕方になっても雨は変わらない。
テレビは相変わらず同じような話をしている。どこかで川が増水し、どこかで電車が遅れ、どこかで傘が足りなくなっている。
しかしそれらは全部「どこか」の話で、ここではない。
ここでは、ただ同じ雨が続いている。
美奈は机に座り、何もしていない時間を過ごす。
何かをしようとすると、雨の音が少しだけ強くなる気がするからだ。
夜になる。
外の暗さは、雨の白さに負けている。
照明をつけると、部屋の中だけが現実の形を取り戻す。
それでも窓を見ると、外側がまだそこにある。
境界はあるのに、分離していない。
夜が深くなるにつれて、雨音は少しずつ単調になっていく。
一定のリズム。
一定の間隔。
美奈は布団に入る。
眠気はあるが、すぐには来ない。
目を閉じると、雨の音だけが残る。
それが、部屋の中なのか外なのか分からなくなる瞬間がある。
そのとき、美奈はふと思う。
この雨は、本当に外で降っているのだろうか。
それとも、ずっと前から部屋の中にあって、ただ誰も気づいていないだけなのだろうか。
答えは出ない。
代わりに、雨音だけが続く。
一定に。
静かに。
終わらないまま。