【1000文字小説】量子干渉街区
街の窓は、夜になると光る。
ただしその光は、外の景色ではなく、過去の街の映像だった。窓のガラスには微細な量子干渉パターンが刻まれ、過去一日の光子軌道を再構成している。
私は配達員として、この街を巡回している。毎晩、光る窓に映るのは、昨夜の出来事だ。人々が歩き、笑い、眠った瞬間の光子が、窓面に干渉縞として再現される。まるで昨日の自分を追いかけているようで、少し心細くなる。
今夜、最初の配達先の窓が異常だった。
映像は過去ではなく、未来の瞬間を映している。
路地を駆ける私の姿。手に握る包みは、まだ届けていないもの。未来の私の呼吸の乱れまで見える。胸がざわつき、思わず足を止めた。
光子干渉のパターンが時間方向にずれ、未来の情報が部分的に反映されているのだ。量子非局所性の偶然的拡張が街全体に影響し、他の窓でも微妙なずれが確認できる。
古い書店の前で立ち止まる。窓に映る店内には、明日開くはずの本の展示がすでに存在している。手に取る予定の本も、棚にある。
「誰かが…時間の干渉を意図して操作している?」
胸が高鳴り、手が震える。未来の街と現在が交錯する感覚に、思考が追いつかない。私は配達物を置き、書店の扉に手をかける。
開けると店内は普通だった。未来も昨日も、そこにはない。だが量子干渉の余波は、ポケットの包みに微かに残っていた。
――私はそっと包みに触れ、手のひらで温かさを確かめる。触れることで、未来の断片を少しだけ現在に引き寄せた気がした。行動は些細だが、見ているだけの夜から、ほんの一歩、何かを選んだ瞬間だった。
もしこの干渉が長時間続けば、街の全ての窓に未来の断片が混入し、日常が根本的に狂うかもしれない。背筋に冷たい恐怖が走る。
帰り道、街を見渡す。
光る窓はいつも通りに光っている。だが今夜だけ、未来の私が歩いた痕跡を、私は確かに知っている。
ポケットの包みがわずかに温かい。
量子干渉の余波が、時間の向こうから触れたのだろう。
同時に、この街の因果が微かに揺れていることも、私は感じ取っていた。
夜風が路地をかすかに揺らし、遠くでガラスが微かに鳴る。私は一歩足を進め、包みを抱きしめたまま、街の静かな脈動の中に身を沈めた。(了)