【1000文字小説】秩序の隙間

 六十歳のカナメ・タジマは、高層ビル最上階のオフィスで、窓の外をじっと見つめていた。無数のビルが整然と立ち並び、空気は人工的に制御され、街の雑音はほとんどない。人口はかつての倍以上になったはずなのに、人々の雑踏特有の活気は消えていた。

「都市化すればするほど、人は減っていく……」

カナメはつぶやく。何十年も人口政策に携わり、出生率向上の都市設計やAIによる子育て支援システムを手がけた。しかし自然出生はほとんどなく、低下は止まらなかった。そこで導入されたのが人工子宮による人口補填計画だった。胎児は完全人工環境で育成され、出生後はAIが最適化された教育と生活管理を行う。「生きる感覚」は計算される。

端末の片隅に、ひとつの名前が残っていた。十七年前、最初期の人工子宮から生まれた実験的個体、ハルカ。カナメが個人的に経過観察していた。誕生日ごとの簡潔な成長レポートは数年前で途絶えている。異常はなかった。ただ、それ以上の記録が不要になっただけだ。しかし以前の報告には、AIの指示を外れる微かな兆候があった。指先の震え、瞳の揺らぎ、偶発的な笑い声や涙。計算外の「人間らしさ」が、わずかだが確かに存在した。

窓の外の緑地で、枯れ葉が風に舞い、小鳥が止まった。AIは予測していない動きだ。息を呑むカナメの視線に応え、鳥が飛び立つ瞬間、胸に小さな動揺が走る。

午後、VRシミュレーターで未来都市を投影する。建物は整然と並び、人々はAIの指示に従う。誰も笑わず、偶発も起きない。カナメは手を伸ばし、スクリーンの子どもに触れようとするが、指先は空を切った。その瞬間、ハルカの笑い声が甦り、無機質な都市映像と重なる。彼の手が本能的に画面を押さえ、呼吸が乱れる。偶発性が、彼自身に直接作用したのだ。

小さなため息を吐き、椅子に沈む。未来は計算され、人口は維持される。しかし、かつてのハルカの笑い声が胸に残り、人間らしさはほんの一瞬だけ生きていることを、カナメは痛感した。

窓の外の風景、飛ぶ鳥、舞う葉。AIは制御を続け、人口は均衡を保つ。しかし、人間らしい偶発性、失敗、混乱はほとんど消えた。カナメは指先に残る虚しさを感じながら、次の人工子宮計画の報告書を開く。その一行目に並ぶ新しい個体番号を見て、ふとハルカの顔と笑い声を思い出した。

都市は生きている。しかし息遣いの多くはAIの計算で紡がれる。未来は計算されている。しかし、人間らしさは、ほんの一瞬だけ、まだそこに残っている。


<1000文字小説・目次>

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