【1000文字小説】マグネティック・スリープ
地球から半光年離れたオリオン系外縁星、エリシオンB。人類初の長期居住実験施設が、そこに設置された。
私は生命維持管理官。正式にはLMC-03。施設内の人員は、科学者、技術者、医学者を含め全員で12人。任務は「人体冷凍睡眠中の代謝最適化」の監視だ。かつて、類似実験で小さな脳損傷を見逃した過去がある。あのときの感覚が、今も手のひらに残っている。
本日の監視対象は、被験者No.7、アナ・リー。彼女は昏睡開始から27か月、目覚めまであと3か月を残していた。
コンソールのスクリーンには、脳波、体温、血液循環の数値が縦横に並ぶ。微細な変動も逃さず検知するのが私の仕事だ。
「No.7、O₂消費量が微増……代謝回復が0.3%上昇」と報告するセンサーAI。
「原因は?」
「不明。微小磁場の変動が影響している可能性があります」
エリシオンBの内部重力は完全ではない。人工重力発生装置は施設中心軸からわずかにズレるだけで局所的に重力が微妙に変化する。1G±0.002程度だが、ニューロン活動には影響が出る。この微差を補正するのがマグネティック・スリープシステムだ。頭蓋周囲に設置された超精密磁界コイルがニューロン活動を微調整し、逸脱すると電磁パルスで再同期する。
異常は、27か月目に発生した。脳波は規則的だったが、局所的に同期が崩れ、微弱なシナプス発火が「自己認識の断片」を生み出していた。AI解析では「幻覚に近い脳内信号」と報告される。
しかし私は知っていた。冷凍睡眠中の被験者が自我の微粒子を感じることはある。この段階で手を加えると、意識が損傷する。
「モジュール6、局所磁場を調整」と命じる。
微小コイルが反応し、ニュートン力学的には検知できないほどの磁場変化が脳を包む。数ミリ秒の間にシナプスのタイミングが修正される。画面には小さなピークが消えていく。私はほっと胸をなでおろす。アナの脳内に不規則な「私」の影は、これで消える。
だが、変調が一箇所だけ残っていた。頭頂葉のニューロンが、微細な磁場変化に自律的に反応している。AIも説明できないパターンだった。
「……これは、自己修復ではない」
声にならない呟き。人間の意識は、完璧に制御できない。
頭頂葉のシナプスパターンには、彼女が昏睡前に書き残した「夢の断片」が微かに残っていた。断片の一語——“光”——がそこにある。意識が記録として残る最小単位。
モニターを見つめながら、私は決意した。完全な制御より、少しの残余を残すこと。それは、未来に目覚める彼女が「人間として戻るための余地」を確保するためだ。
マグネティック・スリープは再び安定を取り戻す。代謝は1%以下、ニューロン活動は規則的に戻った。だが、頭頂葉には、かすかな「夢の影」が残ったままだ。私は、彼女の目覚めを、未来から静かに待つことになる。