【1000文字小説】今日から悪の軍団に
夕暮れの空を背景に、「ブレイブキック!」という勇ましい声が響き渡った。正義の味方、キャプテン・ブレイブが悪の組織「ダークネス」の戦闘員たちを次々と倒していく。子供の頃、瓦礫の下敷きになりかけたところを彼に助けられた俺――健太は、今も変わらずその勇姿に憧れていた。
今日も今日とて、ブレイブの戦いぶりはかっこよかった。華麗なキック、光る拳、そして決めの台詞。「悪は滅びる!」
……かっこいい、んだけど。
「悪の組織が弱すぎるんだよな」
俺は思わず独り言をもらした。幹部は毎回同じような作戦を繰り返し、戦闘員たちはブレイブの攻撃をただ受け止めるだけ。これでは、ブレイブの「強さ」だけは伝わってくるが、「苦悩」や「努力」といったヒーローに必要な要素が全くない。ヒーローは、強い敵がいてこそ輝くものだ。
「まずはブレイブを地雷原へ誘い込み、そこから遠距離攻撃。それをブレイブがギリギリで弾き返して……」
敵の動き、配置、シナリオ展開。俺はぶつぶつと理想の戦闘シーンを呟き続ける。もっと手に汗握る戦いが見たいんだ。
「……面白い提案だ」
背後から、低く、しかし感情のこもった声が聞こえた。振り返ると、そこにはダークネスの幹部の一人、冷徹な仮面をつけた男が立っていた。ダークナイトだ。彼は組織の中でも現場の指揮を執る男で、現在の体たらくに苛立ちを感じているようだった。
「君の言う通り、今の我々は彼の引き立て役にもなっていない。君のその『戦略眼』、我が組織で試してみる気はないか?」
「えー、悪の組織に!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。憧れのヒーローの敵組織にスカウトされるなんて、マンガでもなかなかない展開だ。
「断る理由はないだろう。君は我々の組織を強くする方法を知っている。君の立てた作戦で、奴を追い詰めることができるかもしれん」
ナイトは静かに俺を見据える。彼の目には、俺の呟きが「効率的な攻略法」に見えているようだった。もし俺が「ダークネス」に入って、ブレイブが真に輝けるような、最高の舞台を演出することができたら? もっと強くて、もっとドラマチックな戦いを生み出すことができたら?
「……分かった」俺は決意した。「今日から悪の組織に力を貸す。ただし、俺の指示に従ってもらうぞ」
そう言って、俺は決意を新たにした。誰よりもキャプテン・ブレイブを愛する俺が、最強の敵になってやるんだ。正義の味方を輝かせるための舞台を用意してやるからな、ブレイブ。次回からは本気でかかってこいよ。(文字数:1021)