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【1000文字小説】聖夜の裏通り

街はLEDで着飾られ、どこからかジングルベルのBGMが流れてくる。耕作は、いつも通り、最寄り駅からの裏道を歩いていた。人通りも少なく、静かな道だ。ふと、前方に赤と白の塊が見えた。 目を凝らすと、それはサンタクロースだった。一般的なサンタの衣装で、どこかのバイトか、イベント会社の人か。それとも家族サービスか。 大きな袋を肩に担いでいる。その袋は、ビニール製ではなく、使い込まれた麻袋のように見えた。そして、何より、そのサンタの佇まいが、妙に落ち着いている。 「こんな時間に、大変ですね」 思わず声をかけてしまった。いつもの耕作なら、通り過ぎるだけの場面だ。だが、この妙にリアルなサンタの姿に、少し興味を引かれたのだ。サンタは、ゆっくりと耕作の方を向いた。その顔は、皺深く、目の奥には優しい光が宿っている。 「これからが本番でな」 サンタは、にこりと笑った。歯並びは悪かったが、その笑顔には偽りのない温かさがあった。 「これからって、まあ、サンタの仕事は夜中だろうけども」 「わしの仕事は時間との勝負だからな。これから世界中の子供たちにプレゼントを配るんだ」 耕作は鼻で笑いそうになったが、サンタの目は真剣そのものだ。 「またまた、そんな。あんた、どこの派遣会社でバイトしてるんだ?」 「派遣会社? わしは、ずっと昔から、この仕事一筋さ。もう何百年になるかのう」 サンタは、愉快そうに笑い飛ばした。その笑い声は、どこか澄んでいて、教会の鐘の音のようだ。 耕作は、ふとサンタから発せられる空気に気付いた。冷たい夜風が吹いているのに、サンタの周りだけ、ほんのりと温かい気がする。 「まるで本物みたいだ」 「信じるか信じないかは、あんた次第じゃ、耕作さん」 耕作は一瞬ポカンとした。下の名前で呼ばれる事など何年振りか。それで自分の事だと思わなかったのだ。だが、名前を名乗った覚えは、一度もない。 「え、俺の名前を……?」 サンタは、悪戯っぽく、いや、慈愛に満ちた目で笑った。 「わしは、世界中の人間を見てきた。おまえさんの心の中にも、まだ小さな火が残っておる。それを大切にするんじゃぞ」 サンタは、そう言い残すと、夜空を見上げた。そして、次の瞬間、彼は、よっこいしょ、と重たそうな麻袋を担ぎ直し、ゆっくりと歩き出した。その足取りは、重たそうではあったが、確かなものだった。トナカイが空から迎えにくるのかと思っ...

【1000文字小説】ネイルと重力波

 2015年ってさ、ギャル的にはマジ神年なんだけど。インスタ流行り始め、リップはマット、前髪は重力に逆らう。それなのにあたし、今アメリカの田舎でレーザー干渉計いじってる。 LIGO。超デカいL字型のトンネルにレーザー飛ばして、空間の伸び縮み測るやつ。距離の変化は陽子の直径以下。例えるなら、地球と太陽の距離を測りながら、まつ毛一本動いたかどうか当てる感じ。盛り耐性ゼロ。 「ミカ、ノイズじゃない?」 研究室のおじさんが言う。失礼すぎ。 その言い方、たぶん無意識。あたしのネイルと髪色を一瞬見てから、モニターに視線戻す感じ。 「ちがうし。位相ずれてるし。周波数も一致してるし」 ブラックホール同士が合体するとき、時空が震える。それが重力波。アインシュタインが100年前に言ったやつ。やっと来たって感じ。 波形は教科書どおり。インスパイラル、マージャー、リングダウン。質量は太陽の30倍クラス。スピンも計算通り。 ヤバ、宇宙、正直すぎ。 あたしはネイル見ながらデータを見る。ネイルは盛れるけど、自然定数は盛れない。光速は絶対ブレないし、重力定数も忖度しない。そこガチ。 おじさんが、もう一度スクリーンを見る。 さっきより長く。無言で。 「……この一致率、偶然じゃないな」 声のトーンが、ちょっとだけ変わった。 検出された信号は、13億年前の出来事。恐竜より前。なのに今、あたしの鼓膜を揺らしてる。時間って距離なんだって、ここで実感する。 「これ、発表したら世界変わるよ」 おじさんが言う。 でもその前に、一瞬だけ間があった。 「正直に言うと……最初は、君がここまで詰めてると思ってなかった」 言い直すみたいに、咳払い。 「悪かった」 「別に」 あたしは肩をすくめる。 「ネイル見て判断するの、だいたいみんなそうだし」 「でも、データは嘘つかないな」 おじさんはそう言って、あたしじゃなく、また波形を見る。 「知ってる。でもあたし明日ネイル替える日なんだけど」 宇宙は巨大で、冷たくて、因果律に忠実。 ギャルは今しか信じない生き物。秒で変わるし、昨日とか無理。 でもさ、13億年かけて届いた信号を、2015年のギャルが普通に拾ってるの、エモすぎじゃない? 宇宙の本気と、あたしの今日が、たまたま重なっただけ。 あたしはスマホを取り出して自撮りする。 背景は干渉計、顔は安定。 おじさんは写り込まない...

【1000文字小説】誰かの頼み

 ヨシエは、朝の柔らかい日差しに包まれながら、台所の椅子に腰掛けていた。手元の茶碗をぎゅっと握ると、心臓が少し早く鼓動した。電話の向こうで声が震えている。「おばあちゃん…僕、事故を起こして…。慰謝料、一千万円、払わなきゃいけなくて…」 ヨシエは一瞬、息を呑んだ。しかしすぐに落ち着きを取り戻す。長年少しずつためてきた貯金、年金の積み立て、昔からの少額投資――今の自分の生活を支えるには十分すぎる額がある。若い頃から節約を心掛け、今という老後のために蓄えを作ってきたことを思い出す。決意は自然に湧き上がった。 机の引き出しから通帳を取り出し、残高をざっと確認する。額を見て、手が少し震える。けれども迷いはなかった。「これで、安心できる…」――その瞬間、胸の奥で何かが軽く弾むような感覚が走った。自分のために貯めてきたお金を、今、自分の判断で使う――その自由さが、心の奥底の小さな戸をひとつ開いたように感じさせた。 銀行に着くと、窓口の係員に通帳を差し出す手が少し震えた。振り込み手続きは滞りなく進む。手続きが終わると、ヨシエは小さく息を吐いた。自分の行動が現実を動かすという感覚が、心を満たす。 帰宅して縁側に腰を下ろす。冬の光が柔らかく差し込み、庭の木々の影が揺れる。手を合わせ、小さくつぶやく。「よかった…自分の判断でできた…」 胸に静かな誇らしさが広がる。長い人生で、誰かのためでなく、自分の思いで大きなことを成し遂げたのは初めてかもしれない。小さな英雄のような気分が、胸の奥で膨らむ。 夕暮れが近づき、空がオレンジ色に染まる頃、再び電話が鳴った。孫の声だ。「おばあちゃん、僕の口座に一千万円振り込まれてるよ。どうしたの?」 ヨシエは答えた。「ああ…お前から事故を起こしたって電話がきたから、心配になって振り込んだのよ」 孫は電話の向こうで声を張り上げる。「そんな電話、してないよ!」 「え?」ヨシエは頭の中が一瞬真っ白になる。「あれ…もしかして、騙されかけたのかしら…?」ヨシエは自分の判断に少し赤面しながらも、妙な達成感を覚えた。 しばらくして、ヨシエは椅子に腰を下ろす。電話を手元に置き、微かに笑った。困惑と達成感、不思議な余韻が縁側の冷たい冬の空気の中で胸に広がる。 「まあ…これも、私の今なんだろうね…」 外の風が縁側を通り抜ける中、ヨシエはその言葉を何度も反芻し、ゆっくりと目...

【1000文字小説】アイ・アイ・アイ

 「目が、目がー!」 思わず叫んだ。ベッドから飛び起き、鏡台の前に駆け寄る。鏡に映る自分の顔。そこにはいつもの、少し寝ぼけた顔があるだけ。 「……ない?」 そりゃそうか、夢だもん。額の真ん中に、ぱっちりとした青い瞳。それがぎょろりと自分を見ていた夢だった。怖かった。心臓はまだどきどきだ。 「あかりー、朝飯冷めるぞ」 階下から父さんの声が響く。「はーい」と返事をした私は顔を洗い、歯を磨いてからリビングへ向かう。食卓にはトーストに目玉焼き、サラダ。定番のメニューだ。 「おはよ、父さん」 「おう、おはよう。なんだ、寝起きにしては顔色が悪いな。悪い夢でも見たか?」 父さんは新聞を読みながら、ちらりと私を見た。いつもの、少ししわの増えた目元。この人はいつもそうだ。私のちょっとした変化に敏感なくせに、普段は飄々としている。 「うん。なんか、変な夢。額に目が現れる夢。びっくりしてさ」 トーストをかじりながら話すと、父さんは新聞から顔を上げた。そして、私の額をじっと見つめる。 「ふーん……」 「何?」 「いや、母さんに似てきたな、と思って」 父さんはにやりと笑った。母さんは私が物心つく前に亡くなったから、写真でしか知らない。美人だったけれど、どの写真も目が青かった。 「実は、お前の母さん、額にも目があったんだよ」父さんはいたずらっぽく言う。 「額に目って、人間じゃないみたい」 「そうだよ。実は宇宙人だったんだ」 父さんは真顔でそう言いきった。私は口の中のトーストを吹き出しそうになった。 「宇宙人て! 冗談きついよ、父さん」 「冗談じゃないさ。お前はハーフなんだよ」 父さんはそう言って笑った。いつもの与太話だ。私は急いで残りの朝食を詰め込み、家を出ようとした。 「行ってきます」 「おう、気をつけろよ」 私は玄関のドアノブに手をかけた。その瞬間、父さんの声が背中にかかった。 「お前の額の目、出そうと思えば出せるぞ」 振り向くと、父さんはいつもの笑顔で新聞を畳んでいた。 私は凍りついた。反射的にスマートフォンで自撮りしてみる。画面の中の自分の顔。いつもの二つの瞳が驚愕に見開かれる、その真上。そこには、確かに小さな、まだ固く閉じられたまぶたがあった。夢じゃなかった。その閉じられた皮膚の下に、夢で見たあの鮮烈な青い色が潜んでいることが、直感的に理解できた。鏡の中の三つの目が、私自身を...