【1000文字小説】アイ・アイ・アイ
「目が、目がー!」
思わず叫んだ。ベッドから飛び起き、鏡台の前に駆け寄る。鏡に映る自分の顔。そこにはいつもの、少し寝ぼけた顔があるだけ。
「……ない?」
そりゃそうか、夢だもん。額の真ん中に、ぱっちりとした青い瞳。それがぎょろりと自分を見ていた夢だった。怖かった。心臓はまだどきどきだ。
「あかりー、朝飯冷めるぞ」
階下から父さんの声が響く。「はーい」と返事をした私は顔を洗い、歯を磨いてからリビングへ向かう。食卓にはトーストに目玉焼き、サラダ。定番のメニューだ。
「おはよ、父さん」
「おう、おはよう。なんだ、寝起きにしては顔色が悪いな。悪い夢でも見たか?」
父さんは新聞を読みながら、ちらりと私を見た。いつもの、少ししわの増えた目元。この人はいつもそうだ。私のちょっとした変化に敏感なくせに、普段は飄々としている。
「うん。なんか、変な夢。額に目が現れる夢。びっくりしてさ」
トーストをかじりながら話すと、父さんは新聞から顔を上げた。そして、私の額をじっと見つめる。
「ふーん……」
「何?」
「いや、母さんに似てきたな、と思って」
父さんはにやりと笑った。母さんは私が物心つく前に亡くなったから、写真でしか知らない。美人だったけれど、どの写真も目が青かった。
「実は、お前の母さん、額にも目があったんだよ」父さんはいたずらっぽく言う。
「額に目って、人間じゃないみたい」
「そうだよ。実は宇宙人だったんだ」
父さんは真顔でそう言いきった。私は口の中のトーストを吹き出しそうになった。
「宇宙人て! 冗談きついよ、父さん」
「冗談じゃないさ。お前はハーフなんだよ」
父さんはそう言って笑った。いつもの与太話だ。私は急いで残りの朝食を詰め込み、家を出ようとした。
「行ってきます」
「おう、気をつけろよ」
私は玄関のドアノブに手をかけた。その瞬間、父さんの声が背中にかかった。
「お前の額の目、出そうと思えば出せるぞ」
振り向くと、父さんはいつもの笑顔で新聞を畳んでいた。
私は凍りついた。反射的にスマートフォンで自撮りしてみる。画面の中の自分の顔。いつもの二つの瞳が驚愕に見開かれる、その真上。そこには、確かに小さな、まだ固く閉じられたまぶたがあった。夢じゃなかった。その閉じられた皮膚の下に、夢で見たあの鮮烈な青い色が潜んでいることが、直感的に理解できた。鏡の中の三つの目が、私自身を捕らえて離さない。私は思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。父さんは背後で新聞をたたみながら、くつくつと笑った。(文字数:1023)