【1000文字小説】ネイルと重力波
2015年ってさ、ギャル的にはマジ神年なんだけど。インスタ流行り始め、リップはマット、前髪は重力に逆らう。それなのにあたし、今アメリカの田舎でレーザー干渉計いじってる。
LIGO。超デカいL字型のトンネルにレーザー飛ばして、空間の伸び縮み測るやつ。距離の変化は陽子の直径以下。例えるなら、地球と太陽の距離を測りながら、まつ毛一本動いたかどうか当てる感じ。盛り耐性ゼロ。
「ミカ、ノイズじゃない?」
研究室のおじさんが言う。失礼すぎ。
その言い方、たぶん無意識。あたしのネイルと髪色を一瞬見てから、モニターに視線戻す感じ。
「ちがうし。位相ずれてるし。周波数も一致してるし」
ブラックホール同士が合体するとき、時空が震える。それが重力波。アインシュタインが100年前に言ったやつ。やっと来たって感じ。
波形は教科書どおり。インスパイラル、マージャー、リングダウン。質量は太陽の30倍クラス。スピンも計算通り。
ヤバ、宇宙、正直すぎ。
あたしはネイル見ながらデータを見る。ネイルは盛れるけど、自然定数は盛れない。光速は絶対ブレないし、重力定数も忖度しない。そこガチ。
おじさんが、もう一度スクリーンを見る。
さっきより長く。無言で。
「……この一致率、偶然じゃないな」
声のトーンが、ちょっとだけ変わった。
検出された信号は、13億年前の出来事。恐竜より前。なのに今、あたしの鼓膜を揺らしてる。時間って距離なんだって、ここで実感する。
「これ、発表したら世界変わるよ」
おじさんが言う。
でもその前に、一瞬だけ間があった。
「正直に言うと……最初は、君がここまで詰めてると思ってなかった」
言い直すみたいに、咳払い。
「悪かった」
「別に」
あたしは肩をすくめる。
「ネイル見て判断するの、だいたいみんなそうだし」
「でも、データは嘘つかないな」
おじさんはそう言って、あたしじゃなく、また波形を見る。
「知ってる。でもあたし明日ネイル替える日なんだけど」
宇宙は巨大で、冷たくて、因果律に忠実。
ギャルは今しか信じない生き物。秒で変わるし、昨日とか無理。
でもさ、13億年かけて届いた信号を、2015年のギャルが普通に拾ってるの、エモすぎじゃない?
宇宙の本気と、あたしの今日が、たまたま重なっただけ。
あたしはスマホを取り出して自撮りする。
背景は干渉計、顔は安定。
おじさんは写り込まない位置に、無言で下がった。
キャプションはこう。
「時空、ちょい歪んだだけで草」