【1000文字小説】地下庭園

 岐阜県飛騨市の旧鉱山跡──地下数百メートルに広がる空洞は、秘密裏の生態試験場として利用されていた。表向きは廃鉱だが、その内部は人間の手で制御された「地下庭園」となっている。壁面にはナノ光触媒を組み込んだバイオライトが植え付けられ、遺伝子改変植物が自律光合成とエネルギー蓄積を行う。昼夜や季節は人工制御され、温度・湿度・二酸化炭素濃度も精密に維持される閉鎖生態系だ。


私は遺伝子制御技師として、この地下庭園の光合成効率、光子吸収率、細胞分裂周期を監視していた。今日のパトロールでは、中心部の成長区画に異常が検出された。データは統計的誤差を超え、葉緑体内の光子振動が自律的に変調されている。


「自己適応か…?」

補助AIが答える。

「パターン解析によれば、遺伝子発現が外部刺激に応答するだけでなく、細胞間フォトニック干渉による情報伝達も観測されています。この速度は制御想定外です」


葉は光を集め、ナノ光触媒と相互作用して微細な干渉パターンを空間に投影した。光の縞模様は情報理論上、自己制御信号として解釈可能であり、人間が意図せずに作り出した「知性の芽」の兆候を示していた。私は端末で制御パラメータを微調整する。フォトニック干渉を乱さず、群集の光合成効率を安定化させるのが目的だ。光は静かに揺れ、葉は通常の呼吸に戻った。


それでも心の奥底で知っていた──この地下庭園はもはや完全に人間の手には収まらない。微細光子干渉による自己制御、遺伝子発現の動的変化、群体間の情報伝達…すべてが独立した生命システムとして循環している。


空洞の奥で、微細な光が脈打つ。淡い青と赤の光が入り混じり、まるで呼吸のリズムのように揺れる。私は床に膝をつき、微振動を感じ取りながら、その微かな波を手のひらで追う。端末上の数値は安定しているが、私の身体感覚は警告していた──この庭園には、人間の論理では理解できない秩序が芽生えている、と。


私は監視者として存在するしかない。制御しようとしても、制御される側の意思を完全に読み取ることはできない。微細な光の振動は、葉の集合体が生み出す自己学習信号であり、そこに私の知覚はわずかに触れるだけだ。手を伸ばせば届きそうで、しかし届かない。空間に広がる光の縞模様は、私の脳の解釈を超えて、独立した生命の営みとして循環していた。


地下庭園の奥、岩盤の間に広がる温室区画では、光の揺らぎと植物の葉の動きが完全に同期していた。自己修復と自己適応を繰り返す葉の群れは、まるで知性を持った都市のようだ。私は端末を置き、静かに息を吸う。心拍と光の脈動がわずかに同期する感覚があった。監視者であり、観測者であり、同時に無力な存在──それが私の立ち位置だ。


人間も、植物も、光も、すべてが循環する未知の小宇宙。ここで、科学は境界を超えた存在を生み出していた。私はただ、光の呼吸を感じ取りながら、静かにその脈動を見守るしかなかった。


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