【1000文字小説】いつもの場所でメリークリスマス

 師走の冷たい風がコートの襟元をくすぐる。街はどこもかしこもクリスマス一色だ。五十路も半ばを過ぎた独身男、山科和夫にとって、こんな季節は少しばかり気恥ずかしく、落ち着かない気分になる。いつもの馴染みの赤提灯「ふくろう」へと足早に向かった。

「ふくろう」は、駅前の大通りから一本入った裏路地にひっそりと佇む小さな居酒屋だ。けばけばしい装飾とは無縁の、煤けた看板と古びた引き戸が、和夫にとっては最高の落ち着きどころだった。

ガラリ、と引き戸を開けると、温かい空気と醤油の焦げる香りが、和夫の凍えた頬を優しく撫でた。店内はさほど広くないが、コの字型のカウンターはいつものように賑わっている。

「山さん、いらっしゃい」

顔馴染みは二人いた。一人は職人風の田中、もう一人はいつもカウンターの隅で静かに飲んでいる独身女性の鈴木だ。二人とも、和夫と同じくらいの歳か、少し上だ。

それともう一人、見慣れない老人が、真っ赤なサンタクロースの衣装を着て、白い髭を揺らしながら熱燗をちびちびとやっている。

「……サンタさん?」

和夫が恐る恐る尋ねると、その老人はニヤリと笑った。「おう、メリークリスマス」

田中がニヤニヤしながら口を挟んだ。「山さん、クリスマスだぜ。サンタさん、今日からが本番なんだとよ」

「本番って、本物のサンタクロースみたいだ」

サンタは照れたように髭を触りながら笑う。「まあな。今日はこうして少し早めに切り上げてきたんだが、あんたらが馬鹿騒ぎしてるもんだから、つい」

田中が笑いながら言う。「しかし、今が稼ぎどきじゃないのかい?こんなところで飲んでていいのか?」

「心配いらねえよ」とサンタは熱燗の徳利を傾ける。「技術の進歩でな、プレゼントの仕分けも配送ルートの最適化も全部自動さ。俺は最後の仕上げ、つまり子供たちの夢を乗せたソリをかっ飛ばすだけだ」

「へえ、サンタもハイテクなんだな」と、和夫は感心した。

「俺はいつも通り、熱燗と焼き鳥で」

和夫はいつもの定位置に腰を下ろし、女将に注文した。「あいよ、山さん」

女将は慣れた手つきで徳利を温め始める。

「確かに、サンタがいても、こうしていつものメンツで飲むのが一番落ち着くんだよな」と、田中がしみじみと言う。

「まったくね」と、鈴木も続く。

窓の外では雪が舞い始めていたが、「ふくろう」の中は、サンタがいても、いつもの温かさで満たされていた。ここは、五十路の男と女だけでなく、サンタまでもが肩の荷を下ろせる止まり木だ。(文字数:1015)

<1000文字小説目次>

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