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2019/03/15

【1000文字小説】彼の使命

 ハヤタは温泉の湯に浸り、気持ち良さそうに目を瞑っていた。そこへハヤタと一緒にこの温泉に来ているヘルパーのオオタカが飛び込んできた。怪獣が出たという。ハヤタの目がぎろりと光った。
 ハヤタは素早く湯船からあがり、そして裸のまま外へ出て行こうとしたので、オオタカは慌ててハヤタを呼び止めた。オオタカに呼び止められ、ようやく自分は裸だと言う事に気づいたが、ハヤタはなんだ下らない事で呼び止めるな、という目でオオタカを睨んだ。その眼光にたじろいだオオタカは、「そんなにあせらなくたって大丈夫なんですから」 言ってからオオタカは自分の失言に気づいたが、ハヤタには聞こえない様子だったのでほっとしたのだった。
「ここからはあんた一人で逃げてくれ、わしゃちょっと用を思い出した」こんな時に用も何もあったものじゃないのだが、そう言うハヤタを止めもせずオオタカは、「はあ、そうですか。では気をつけて」とあっさり言って二人は別れた。
 ハヤタはベータカプセルを取り出し、その場でウルトラマンへ変身した。四十メートルの巨人の出現により、ホテルはあっという間に崩壊した。
 ウルトラマンは怪獣に飛びかかった。怪獣に馬乗りになりパンチを叩き込む。ぐったりしてきた怪獣はスペシウム光線を受けると苦しそうな呻き声をあげて、どう、という轟音とともに倒れた。それを見たウルトラマンは満足そうに「シュワッチ」と叫んでから大空へ飛び去っていった。
「このまま、本当に飛び去ってくれたらいいのになあ」とオオタカが言った。
「まあ、そう言うなよ。彼は今まで地球を守ってくれたんだ。我々のせめてもの恩返しさ」とは科特隊隊長サコミズの言葉である。
 今世紀、地球防衛は彼の、ウルトラマンの手を全く必要としなかった。陸海空宇宙すべてに張りめぐらされた防衛網により、怪獣達あるいは地球を狙う宇宙人達は彼の出番を待たず、瞬く間に撃退された。そんな折ぼけ始めたハヤタは一心同体のウルトラマンにも影響を及ぼした。彼は今でも地球人は自分を必要としてくれていると信じ込んでいた。自分の使命は地球を守る事だ。自分がいなければ地球はおしまいだ……。
 そんな彼の為に地球人は舞台を用意したのだった。今までの活躍に対して感謝の意を込めた、彼だけの舞台を……。「おおい、もういいぞ。戻れ」隊長が言うと、怪獣は隊長の掌に小さなカプセルとなって戻ってきた。次の出番に備える為。

(1998/10/09/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:997)



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