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2013/06/02

【1000文字小説】父の姿

一郎は学校へ行かなかった。いじめられているとか先生が嫌いだとか授業についていけないとか、そういった理由がある訳ではなかった。ただ何となく、学校へ行く気がなくなったのだった。

一郎は地下鉄に乗り森林公園のある駅で降りた。森林公園に行くと周回コースをのんびり歩いた。四十分ほどかけて一周するとうっすら汗をかいた。ベンチに座った。少し離れた先を歩いているスーツ姿の男がいた。見ればそれは一郎の父だった。会社に行ったはずなのに何でこんな所を歩いているんだろう。リストラされたのだろうか。幸い一郎には気付かずに歩いて行った。

こんな所にいればいずれ父に見つかってしまう。一郎は地下鉄に乗って市の中心部にある本屋へと向かった。九時に開店なのでもう開いているはずだった。一郎は雑誌コーナーを見たりパソコン関連の売り場を見た後マンガ売り場で立ち読みすることにした。この本屋ではマンガ本にビニールがかけられておらず立ち読みができるのだった。

そこには父がいた。熱心にドラえもんを読んでいた。子供の頃ファンだったと言っていた事があるから子供の頃を思い出しながら読んでいるのかもしれなかった。
公園からいつの間に本屋へ来たのだろうか。とにかくここにいれば見つかってしまうかもしれない。一郎は本屋を後にした。やはりリストラされてしまったのか。会社に行かないで立ち読みしているなんて。

一郎は友人達と時折行くゲームセンターに入ろうと思ったが、今日は学生服を着ているので店員から注意されるかもしれないと躊躇した。意を決して入ろうとしたとき、入り口付近にあるモグラ叩きを熱心にしている男が父であると気が付いた。さっきまでドラえもんを読んでいたのに、いつの間に移動したのだろう。とにかくその場を離れた。

昼も近くなり、一郎は駅前のハンバーガーショップに入った。チーズバーガーセットを頼んで空いている席に腰掛けた。もしやと思い、父がいないか注意深く周囲を見渡すと、やはりいた。一番奥の席でチーズバーガーセットを食べていた。父にはテレポーテーションの能力があるのか。

そそくさと食べ終えた一郎は急いで店を出た。そしてそのまま家に帰った。家に帰ると学校から連絡があったらしく「どこに行ってたの!」と母からひどく怒られた。

一郎は怒られながら、恐る恐る聞いてみた。
「父さんは?」
「え? 会社でしょ?」何でそんな事をという顔で母は言った。

家に父はいなかった。(了)


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