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2013/07/11

【1000文字小説】埋めに行く



いつもの朝は母に三回起こされてからようやく布団を抜け出す由伸が、午前5時に目を覚ました。7月上旬の外はもう明るくなっていたが、父も母もまだ起きていなかった。

由伸はすぐに鳥かごのピースケの様子を見に行った。

ピースケは由伸が幼稚園の頃に飼い始めた雄のセキセイインコだった。おはよう、とかよしのぶ、とか簡単な言葉も話す家の人気者だったが、今月に入って急に元気がなくなった。

昨日はついに止まり木に留まっている事さえできなくなった。

ピースケは鳥かごの床に落ちて、すでに冷たくなっていた。

由伸の気配を感じたのか、いつの間にか由伸の母親も起きてきて、「かわいそうにねえ」と言った。それはピースケの事を言っているより、泣いている息子が可哀想に思えているように聞こえた。

「ピースケを埋めてくる」

由伸はひとしきり泣いた後、決心したように顔を上げて言った。

ピースケをハンカチにそっとつつむと、シャベルをもってマンションを出た。由伸はピースケを、近くの公園へ埋めに行こうと思ったのだった。

由伸が道路を横切ろうとしたとき、破裂音のようなブレーキの音がした。

自動車があやうく由伸にぶつかりそうになりながら止まった。由伸は自動車に気がつかず、道路に急に飛び出したのだ。由伸はぺたりと道路に座り込んだ。

運転していた男が慌てて自動車から下りて来た。

「大丈夫か。怪我はないか」

若干うろたえ気味に声をかけてきた。
由伸がどこも何ともないのを確認すると、ほっと安堵した表情になった。

ハンカチで包んだ隙間からピースケの姿が見えると、「その小鳥は何だい?」と尋ねた。

「今朝死んじゃって、それで…」

由伸は本来の目的を思い出し、また涙が出そうになった。

「埋めに行くんだな」由伸は黙って頷いた。男はちょっと思案げな顔をしてから、

「不思議な縁だなあ。おじさんもね、これから埋めに行くんだよ」と言った。

由伸は男の顔を見上げた。

この人も小鳥が死んでしまったのだろうか。だが、さして悲しい顔をしていないのは、やはり大人だから?

「小鳥じゃないけどね。もう少し大きいんだ」

由伸の無事をもう一度確認してから車に乗った男はウインドウを開けた。

「もし坊やを轢いていたら、坊やを埋めなきゃいけなかったな。でも、トランクはもういっぱいだ。じゃあ、気をつけろよ」

そう言ってから車を発進させた。

何を埋めに行くんだろう。由伸は走り去る車の後ろ姿を見送りながらぼんやりと考えていた。(了)


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